【プロフィール】最高月収360万円。起業してから72ヶ月間、自動収入と共に。【自己紹介と理念】

生き方

初めまして。

『自動人形の王』こと、
二渡ユウトです。(@yuto_six

 

……。

 

いきなり「自動人形」だの
「王」だのと言われても、

「何だよそれ」

って感じですよね。

僕もこの厨二病感溢れる肩書きを名乗るには
すごく抵抗がありました。

でも、王くらい名乗っておかないと、
エッジ効かないかなあとも思ったので、
自分がトップを取れそうな分野で「王」を自称してみました。

この記事の趣旨を先にお伝えしていきますね。

この記事を読めば、友達ゼロ、手取り14万円の貧困フリーターだった青年が、なぜ、毎月200万円以上の収入を安定的に得られるようになり、自由すぎる人生を手に入れられたかがわかります。

僕のことを少し話させてもらうと、

14歳の時に作家になることを志し、
その後、紆余曲折はあったけれども
かれこれ16年以上文章を書いてきた人間です。

あなたの人生を一変させるお話を、
具体的かつシンプルに、ワクワクさせながら
お伝えしていく自信があります。

コーヒーでも飲みながら
サクサクと読み進めてくださいね。

 

※興味があるところだけ読んでみてください。

改めまして、『自動人形の王』です。

初めてデカい家とデカいテレビを手に入れて調子に乗った陰キャの図

 

僕は今、累計10以上の事業を行い、
個人的な収入として、
月に180〜290万円程度稼いでいます。

 

今やってる事業は大体こんな感じ。

まあ、色々やっていますが、
実はほとんどの事業(コンサルティングを除く)は
スタッフや他社さんなど、他の人が絡むので、
僕に入る収入はそこまで大きなものではありません。

僕の収入の中で大半を締めるのは
上記のどれでもない、
ネット上に構築した仕組みからの自動収入です

 

 

自分の労働を肩代わりし、
自動で稼ぎ続けてくれる仕組み  自動人形

 

詳細については後々お伝えしますが、
とにかく、これが1人で作れるようになってしまうと、

人生が死ぬほどイージーになります。

 

だって、自動人形を1つでも
作ることができてしまえば、

寝ている間も、旅行している間も、
ゲームしている間も、デートしている間も、
自動で収入が入ってくるわけですからね

 

また、
自分の好き・得意なことを仕事にしたり、
趣味に没頭したりすることができるので
好きなことで生きるが実現できるようになります。

 

僕は起業して今年で7年目になりますが、
僕がこの「自動人形作り」の方法を
確立させたのはここ2年以内のこと。

 

つまり、
比較的最近のことなのですが、

6年前、フリーターをやめて
独立起業した時には

既に自動収入を持っていました。

 

別の言い方をすると、

副業のうちにひたすら
自動収入を作ってきたからこそ、
リスクを極限まで抑えて独立する
ということができました。

 

実は僕、
一応大学は出ているのですが、
会社に務めた経験が一度もありません。

 

大学卒業後はフリーターとして、
中2の時からの夢である作家を目指しながら
フワフワとした生活を送っていました。

 

しかし、24歳の時に、
「流石にもう無理だろ」と思って
作家への道を断念。

 

でもそのまま正社員を目指すのも
絶望的に面白くなさそうだったので
自分でビジネスを始めました。

 

僕が取り組んだのは、
「ブログで稼ぐ」でお馴染みのアフィリエイト

アフィリエイトとは?

自分のメディア(ブログ、youtubeなど)に広告を掲載し、広告収入で稼ぐビジネスのこと

 

土日は全て返上。
飲み会や遊びもゼロ。

全ての時間を作業に投資して、
始めてから1年程度で、
月に15万円ほど稼げるようになり、

ちょうど胃腸炎で入院したのも相まって
そのまま独立起業しました。

 

専業になってからは
書籍・教材・スクールなどにも投資し、
起業後2年目には月収200万円を達成。

最大時には、
月収360万円を達成することができました。

 

今はもう、アフィリエイトが
「自分の性格に合わない」
「昔に比べて全然旨みがない」
と感じたので、事業としては撤退していますが、

僕の起業家としての人生は
アフィリエイトによる自動収入と共に始まりました。

 

とまあ、そんな感じで、
かれこれ6年以上(72ヶ月以上)、
自動収入の恩恵を受け続けてきた身からすると、

 

「ビジネスを始めるなら
最初から自動化を目指さないと勿体無い!」

 

と心から思いますし、

逆に、

 

「自動収益がない人生って、
もはや正直イメージつかん……
(ハードモードすぎるだろ……)」

 

とも、思ってしまうんですよね。

 

ただ、もちろん、
僕は自慢とか嫌味で、
このような話をしているわけではありません。

 

ここからは僕の理念の話になるのですが、

毎日一生懸命頑張っているのに、
一向に楽になれず、苦しんでいる人が
世の中にはとても多いです。

(昔の僕もそうでした)

そんな人たちに、

  • 「社会の歯車」のような
    生き方をやめてほしいから
  • 「自動人形」の重要性と、
    その作り方を理解して欲しいから
  • そしてそれを増やしながら
    「自分が主役の人生」を手にれて欲しいから

ブログやら、SNSやらyoutubeやら、
まあ色々なところで、発信を行っているわけです。

 

もう少し具体的な話をしましょう。

僕がさまざまな媒体で発信している情報を
キャッチしていけば、

  • 知識ゼロの会社員でも、半年以内に
    月20万円〜の副収入が得られる方法
  • ネット事業未経験の事業主でも
    経費ゼロ、仕入れ不要、場所不要で

    月に100万円以上稼ぐビジネスを作る方法
  • 日々の仕事や家庭事情に悩殺されながらも
    効率よく収益化するための時間術・思考法
  • あなたの代わりに働く自動人形を作って
    お金・時間・精神の自由を全て手に入れる方法

などなど、一言でいうと
今の状況を具体的にどうしたら変えられるのか?
ということがわかるようになります。

 

あ、そうそう。
僕は文章だけでなく図解も得意です。

文章だけでなく、音声や図を用いて
ロジカルに解説しているので、

「労働から解放された自由な生活」

をどうしても手に入れたい方は、
ぜひ、僕の発信を隅々までチェックしてみてくださいね。

 

無駄な労働から完全に脱し、
無限に楽しめる生活を手に入れた

 

さてさて、
少し話が広がりましたが、

僕は自分の力で稼げるようになり、
さらにそれを自動収益化したことで
人生が大きく好転しました。

 

ありきたりな言葉で言えば、
お金・時間・精神の自由ですが、

多くの人が喉から手が出るほど
渇望しているこれら3つを
ガチで全て手に入れたことにより、

死ぬほど嫌いだった
「社会」という閉鎖空間
そこに蔓延る有象無象

(パワハラ上司、満員電車
自分勝手な客、クレーマー
生産性ゼロの単純労働、etc)

から逃れることができました。

 

また、自分がしたいと思ったことを
一切の制約もなく
(お金や他人の意思に縛られず)
実現できるようになりました。

 

底辺フリーターだった頃に
叶えたかった夢は全て叶えました。

 

セレブも多く住む東京・二子玉川に
3LDKのリッチなマンションを借りる

記事冒頭のこれです。

 

ふと思い立った時に、
沖縄・石垣島などの国内リゾート地や、
ハワイ、ロンドン、シンガポールなどの海外にも
気軽に遊びに行けるようにする

石垣島にて
シンガポールにて

 

好きな時に起きて、好きな時に寝て
やる気がない日は1日中、
趣味の読書やカフェ巡り、映画、
フォートナイト(ゲーム)を存分に楽しんだり、

 

自分の趣味(服、ガジェット、ペットなど)に
5万、10万、30万という額を、
一切の抵抗なく、使えるようになったり、

オーダーメイドスーツ作成
ペットの健康に全力投資中

 

紅白歌合戦にもよく出ている歌手とゲームしたり、

億超え経営者を何人も育ててきた
敏腕コンサルタントと親しくランチしたり、

国を創った経験がある世界的起業家と飲んだり。

(この辺の話はコンプラ的に
写真掲載できません笑
でも全部実話です。)

 

あ、そうそう。

最近、10歳年下の彼女と婚約し、
家事や仕事を二人で分担しながら
今後の人生をより楽しむための算段を
毎日ワクワクしながら立てています。

生きる理由です

 

と、こんな感じで、
6年前は収入的にも人間的にもど底辺の
貧困フリーターだった僕ですら、

「自動人形」を作ったことで
自分が理想としていたライフスタイルを
手に入れることができました。

 

ちなみに、もうちょっとだけ
仕事の話をしておくと、

 

日々の業務は自宅でほぼ完結。

 

気分転換したい時は、
近所の自然溢れるお洒落カフェで
彼女と一緒にパソコン作業。

 

読者さん・教え子・クライアントから
毎日感謝の言葉(時には贈り物)が届く。

お気に入りのロクメイコーヒー

 

読書が好きなので、
近所の書籍読み放題のラウンジで
心理学・哲学・デザイン・自然科学など
好きな分野の勉強に励み、全て仕事に活かす。

 

年に一度、思い切りリラックスするため、
マレーシアに住む友人の元に小旅行。
プール付きの豪邸でサンセットを眺めながら
次はどんな事業やるかー、想像を巡らせる。

マレーシア、友人宅のプールにて 真ん中に写っているのは僕ではなく友人(陽キャ)です。

 

親しい経営者仲間と集まって
数時間に渡ってガーッと作業した後
六本木で高級居酒屋に飲みに行ったり。

 

また、仕事とは関係ないですが、

家族や親戚、友人の身に何かあった時は、
いくらお金がかかってもいいから
最速の交通機関を使って、
駆けつけられるようになったのも、

お金と時間の自由を手に入れて
よかったなあと心から思える部分です。

 

 

僕は24歳の時にビジネスに出会い、
人生が180度変わりました。

 

いや、むしろ、

ビジネスを始めて様々なことを経験し、
いろいろなものを拾い集めながら
もう180度回ったことで、

昔、夢見ていた世界を
一度は諦めた理想の世界を
再び目指せるようになりました。

 

僕には「作家になる」
という夢がありましたが、

昔に比べ文章力も格段に上がり、
充分すぎる作業時間も手に入れ、
出版社の友人や作家の友人もでき、
豊富な人生経験もできた今では、

仮に作家をもう一度目指したら
成れないわけがない
と思ってます。

 

まだ作家になれてない
僕が言うのもアレですが、

お金と時間と精神の余裕を手に入れれば、
ぶっちゃけ、どんな夢を叶えるのも
イージーゲームになりますよ。

 

 

 

と、ここ数年の僕は、そんな感じで、
仲間にも仕事にも環境にも恵まれ、
楽しい毎日を送れていますが、

 

起業する前の僕は、
自分勝手で、諦めが早く、
大した技能も持っていないくせに
プライドだけは無駄に高い、
典型的なこじらせ男子でした。

 

また、
今はだいぶマシになりましたが、
相当な人嫌いだったので、
意識的に周りの人と距離を置いたり、
わざと人を傷つけてしまうような生き方をしていました。

 

でも僕は、悪意を持って
そういった行動を取ってきたわけではありません。

周りの人や環境を否定することで

  • 環境に上手く馴染めない自分
  • 何もできない無力な自分

を正当化していただけなのです。

 

少年時代〜学生時代の僕は
どちらかと言えば劣等生で、
コンプレックスの塊でした。

 

周りに対して劣等感を常に感じ、
仲間の輪に入れないことに、
常に寂しさを感じていました。

 

大学生の時に、ある後輩に

「ユウト先輩は、本当は良い人なのに
なんでそんな偽悪的になるんですか?」

と言われたことがあります。

 

正直、そんなに仲良くなかった子です。

でも、そんな彼の言葉が
今でも心に残っているのは
それが僕という人間の本質
的確に捉えた言葉だったからなのでしょう。

 

世の中には偽善者もいれば、
偽悪的な人間もいる。

でも、いずれにせよ、
自分を偽って生きるのは、
弱い人間の生き方であり、
とても辛い生き方でもあります。

 

無知であり、無力であり、愚かだった。
そこで止めておけばいいのに、

必要以上に自分を悪に見せ、
負のループから抜け出せなくなっていたのです。

 

ユウトの来歴の話

 

さて、ちょっと暗い話になってしまったので、
テンション感を最初の状態に戻します。

(ずっと重い話だと疲れますからね)

程よく調整していきます。

 

少しだけ、
僕の昔話をさせてください。

 

田舎で虫取りをしながら育った小学生時代

 

僕は「群馬」という、
関東でも最弱のポジションを争い合う県
小さな田舎町に生まれました。

 

小さい頃はとにかく
臆病な子供で、諦めが早く、
できないことがあるとすぐに不貞腐れ、
嫌なことから逃げ続けていました。

 

そんな性格をしていたためか、
スポーツも幼少期からやっている水泳以外
全くと言っていいほどできず、

小学校では、
休み時間の孤独感から逃げるために、
図書館でハリー・ポッターなどを読んで過ごしていました。

 

昔から身長は高い方で、
良くも悪くも近寄り難い性格を
していたので、

幸いにも、
いじめられた経験はほとんどないのですが、

「扱いづらい人間」
「変なやつ」
「面白みのないやつ」

という扱いを受け、
避けられていた自覚があります。

 

なんとなく話せる友だちはいましたが、
精神的にはずっと孤独でした。

 

友だちと一緒にいるよりも
1人でいる方が好きで、

どこかに遊びに行くよりも、
家にいる方が好き。

 

家にいる間は、
本を読んだり、ゲームをしたり、
弟と一緒にレゴブロックをしたり、
近所の田んぼに虫取りに出かける、
という遊びをしていました。

 

僕は過去に思いを馳せることを
あまりしない性格なのですが、
無邪気に自然の中を駆け回ったあの頃は
とても楽しい記憶として残っています。

 

闇属性をこじらせまくって
ネクロマンサー化した中学生自体

 

中学になってからは悪友もできたりして、
引っ込み思案な性格も
多少は外向きになっていったのですが、
そのせいでなかなか悲惨な経験をしました。

 

  • 初めて彼女ができたものの、1日で振られる(しかも告白された側なのに、こちらがしつこく迫ったことにされる)
  • 教師の勘違いで(何も悪いことをしていないのに)、公衆の面前でボコボコにされる。(しかも「大人の力」で僕が悪かったことにされる)
  • 誰かが投げた上履きが近くにいた男子の頭に直撃し、僕がやったと勘違いされていきなり殴られる。(一切の謝罪の言葉はなし。その男子がイケメンでスポーツ万能だったため僕が悪人扱い)

 

理不尽で、暴力的で、不運。

 

それが僕の中学校生活でした。

 

もちろん、3年間ずっと
常に災難に見舞われていたかと言えば
そういうわけでもなく、

部分部分で見れば
楽しい時期もあったのですが、
人は嫌なことばかり覚えているもんですね。

 

こうして改めて中学時代を振り返ると、
思い浮かぶのは悲しいエピソードばかりです。

 

ちなみに僕が作家を志したのは
中学2年生の時だったのですが、

リアルでの悔しさ、悲しさ、孤独感が
存分に反映されていたからか、

 

  • 主人公の少年がビームで学校や同級生を焼き払うサイコな物語
  • 主人公の少年がネクロマンサー(死霊術師)になって教師や同級生を葬り去り、それを蘇らせて軍団を結成し、日本を侵略していくサイコな物語
  • 主人公の少年が元カノに(自主規制)

 

などといった
「作者のストレスや鬱憤を具現化したようなもの」
を世の中に大量放出してました。

 

まあ、一言でまとめると、
「黒歴史」っすね★

 

……。

 

小説以外のところでは、相変わらず、
小説を書くことと、絵を描くこと
テレビゲームと遊戯王カードが好きで、
友だちとよく集まって遊んでいました。

 

スクールカーストで言うと、

1年:真ん中より下
2年:最下層(闇属性の解放)
3年:真ん中よりちょい上

みたいな感じでした。
(3年生はちょいとがんばりました)

 

 

フラストレーションが死ぬほど蓄積された高校生時代

 

高校は工業高校に進学し、
なんとか高校デビューを果たそうと頑張ったのですが、失敗。

いつも通りのポジションに落ち着くことになりました。
(日陰者スタート)

 

正直、高校生活はクソつまらなかったです。

 

まず、工業高校なので、
クラスの9割以上は男子

 

学年に1つだけ女子のクラスがあったけれど、
コミュ力0の陰キャラには、
近寄ることすら許されない絶対領域。

 

世の中に男女共学の高校があるという事実は、
当時の僕にとっては都市伝説および神話のようなものでした。

 

汗! 作業着!
木材・鉄骨・コンクリート!

 

これが僕の高校時代です。

 

……。

 

高校の近所には
女子校がありましたが、

パンを咥えた女子高生と曲がり角で
ぶつかるようなハプニングもなかったので、
甘酸っぱい思い出もありません。

 

mixi(当時流行ってたSNS)を
通じて知り合った彼女に浮気をされる
という悲しい思い出はありましたが。

 

……。

 

また、高校生時代には、
バイトも3つほどやりましたが、

  • ストレス耐性ゼロの脆弱メンタル
  • 社員などからのパワハラがきつかった

などといった理由から、
どれも長続きはせず、

めちゃくちゃ暇なはずなのに、
めちゃくちゃ自由度の低い高校生活
を過ごしました。

 

作家の夢は相変わらず健在で
いくつか作品を賞に出してみましたが、
端にも棒にもかからず。

次第に、小説を人に見せることが
怖くなっていきました。

 

  • 自分に才能がないこと
  • 今のままでは将来が暗いこと

 

これらを現実として受け止めるのが怖かったので

  • ひたすらPS2のゲームでゾンビを殺したり、
  • 相変わらず遊戯王カードをやったり(悪魔族とアンデッド族が好きでした)
  • ひたすら闇属性の小説を書き殴りまくったり

していました。

 

……。

 

陰キャでも環境に恵まれればリア充になれることを知った短大時代

 

高校卒業後は
お隣の栃木県にある
國學院栃木短期大学に入学しました。

 

国分学科・創作文芸コース

 

作家を目指している僕には
「まさに!」といった感じの
学科とコースですが、

ぶっちゃけ、
パンフレットの表紙が女子だらけだった
という理由だけで短大を選びました。

 

 

……うん、完全に高校生活の鬱憤を
晴らしに行ってますね、コイツ。

(父さん、母さん、ごめんなさい)

 

……でも、お陰様で、
短大生活は死ぬほど楽しかったです。

 

男子の割合が圧倒的に少ないから、

平均点以下の男でも、
平均点以上のポジションを得られた
ので、

かなり理想的なキャンパスライフを送ることができました。

 

女子と話さざるを得ない環境のおかげで
コミュ力も自然と高まり、
腹を割って話せる良い友だちが
たくさんできました。

 

幸せでした。

 

その短大はノリがほとんど高校だったので、

  • 放課後、体育館に残って
    遅くまでバレーボールやバドミントンをしたり、

学校が終わった後は、

  • 仲の良い友だちのアパートに泊まって
    ゲームやお酒を楽しんだり
  • 行きつけの居酒屋を占拠し
    女子も呼んでリア充っぽく飲んでみたり

そんな生活を、2年間続けました。

 

俺、あんなにダメ人間で、
卑屈な陰キャラだったのに、
こんなに遊んじゃっていいワケ?

ってくらい遊びまくりました。

 

……でも、

今までずっと、陰キャ・コミュ障として
まともな人格が形成されずに生きてきた僕が、
そのまま円満に学校生活を終えられるわけがなく。

 

色恋問題をキッカケに
仲の良かった友人と揉めに揉め、

楽しく終われるはずだった
2年間の最後に完全孤立して、
僕の短大生活は幕を閉じました。

 

……。

 

再び孤独に戻った大学時代と
絶望しか感じなかった就職活動

 

僕が通っていた短大は、
東京・渋谷にある
國學院大学の分校です。

短大を卒業するとそのまま
本学へと三年次編入ができるので、
まだ就職をしたくなかった僕は上京を決意しました。

 

初めての1人暮らし。

家探しや家具選び、自分だけの城の獲得。

見知らぬ土地での全く新しい生活は、
とてもワクワクしました。

 

が、

大学生活はアルティメットつまらなかったです。

 

田舎から編入してきた人
という時点で肩身の狭さはお察し。

田舎の短大で培ったコミュ力や
ファッションセンス、遊びのスキルなんて
都会のキラキラした子たちの前では無力。

1年経っても友だちはほとんど友だちができませんでした。

 

そんな自分をどうに変えたいと思って
いくつかサークルにも入りましたが、
上手く馴染めず、秒で幽霊部員に

 

「大学って思ったより全然つまらないなー」

 

自分の無力さを環境のせいにしながら
不毛なキャンパスライフを送っていました。

 

ちなみに、
僕が初めてビジネスに興味を持ったのはこの頃。

 

Facebookの創業期のエピソードを描いた
「ソーシャル・ネットワーク」という映画に
ドハマりして、ビジネスの世界に魅了されました。

 

ソーシャル・ネットワークのワンシーン
この映画、本当に面白いからぜひ見てほしい!

 

「お、俺も起業したい……」

でも、
いざ自分で何かやろうと思っても、
具体的なイメージは一切湧かず……。

 

今ほどSNS文化も盛んでなかったので、

「学生で起業なんてのは
よほど才能に恵まれた人たちしかできないんだ」

と勝手に結論づけ、

 

「自分はやっぱり、
作家を目指す道しかないんだ」

という元の考えに戻りました。

(そっちもそっちで
結果は散々だったワケですが)

 

 

気づくと就活シーズンになり、
キャンパス内にはスーツ姿の学生たちが増えてきます。

 

僕も周りに倣ってとりあえず就活を始めましたが、
正直な話、1ミクロンも気乗りがしませんでした。

 

「俺みたいな社会不適合者が、
会社に入って生き残れるワケないだろ……」

 

と思いつつも、
流石に何もしないのもヤバいので
いくつか大企業の説明会にも行きました。

 

でも、結果は散々……

 

というか、
正直、ずっと吐き気を催していました。

 

企業説明会に行き、周りを見渡すと、

テンプレな見た目の就活生たちが
テンプレな振る舞いをしている
そんな様子が目に入りました。

 

「ハイ! ワタクシは〜」

周りの就活生たちがハキハキとした声で
受け答えしているのを聞くたび、

自分の出来なさを再確認する一方で、

「あ、俺、このノリ無理かも……」

と場違い感を覚えていました。

 

 

インターンも1社だけ経験してみました。

ITベンチャーで社員の平均年齢も若く、
悪い会社ではなかったのですが、

そこの社長が尊敬しているという
「誰だよ」って感じの経営者の本
3冊読むことを強要され、

しかも労働時間外にやれと言われたことに
軽くヘイトを覚えました。

 

まあ、悪い本ではなかった。

 

読みやすかったし、
胸が熱くなるところもあった。

 

でも、結局のところ、
その2冊の内容を要約すると

 

「辛くても勤勉に働きなさい」

「いつか必ず報われるから」

 

などといったもので、

曲がりなりにも、
小さい頃からいろんな本を
読みまくってきた身としては、

 

「あ、これ
優秀な『社会の歯車』を
教育するための本だ」

 

とすぐに気づいてしまいました。

 

……まあ、会社側からすれば
社員になるべき若者に
そういった教育を施すのは、
自然と言えば自然ですよね。

でも、そういうのは
ナチュラルに刷り込むからこそ
効果が発揮されるワケで。

 

魂胆が丸見えでは、
ぜんぜん効かないところか、
僕みたいな奴からのヘイトを買うだけなんですよね。

 

その本の感想文を持って会社に行くと、
上司となる若い女性社員の人が
めちゃくちゃ目を輝かせて

「ね! ね!
 めちゃくちゃ素晴らしい本だったでしょ!」

「労働って素晴らしいと思ったでしょ?」

「もっと読みたいと思ったでしょ?」

と価値観の共有を強要してきました。

 

「そんな風に思うやついないだろ……」

と思って他のインターン生に
助けを求めようと周囲を見渡してみて、絶句。

 

その上司と同じように目をキラキラさせた
就活生たちが

「はい! 素晴らしかったです! もっと読みたいです!」

「ワタクシも、○○社長の理念に共感しました!」

などと、情熱的に感想を述べていました。

 

……。

 

え……えぇぇぇぇぇ……

 

正直、ドン引きしました。

 

何でそう素直になれるの?

 

頭の中お花畑なの?

 

何でゴリッゴリに教育されてることに
気づかないの?

 

教育っていうか、もはや洗脳じゃん!

 

余計なお世話かもだけど、
アンタらそれでいいの?

 

君ら今、『社会の歯車ルート行き超特急』の
「特急券+乗車券」を買いかけてるんだよ?

 

おーい!

 

おーい……

 

最初は憤りを感じましたが、

途中からそんな感情は消えて、
不安を覚えました。

 

俺、社会でやっていけるのかな……。

 

とも思いましたが、
すぐに気づきました。

 

あ、会社って、
こういう人たちのための場所なんだ。

 

俺みたいな人間が行くとこじゃないんだ。

 

と。

 

……。

 

その一件だけが理由ではないですが、
僕は就職活動を辞めました。

 

しかし、就職以外の良い選択肢が
思い浮かぶわけでもないので、
ひとまず作家の夢を追い続けることにしました。

 

 

 

卒業間際、
大学卒業間近になった時、
短大からの編入メンバーたちで
集まってお酒を飲む機会がありました。

 

僕以外の人たちは
進路が決まっています。

僕だけが夢を追ってフリーターになる、
完全にアウェイな会です。

 

もちろん、
面と向かって馬鹿にされたり、
ハブかれたりはしませんでしたが、

僕の進路についての話題を
広げないようにしている
あきらかな配慮が感じられました。

 

普通に辛かったです。

 

「俺、間違ってんのかな……」

 

多分いろいろ間違っているのでしょうが、
それを認めてしまうのが嫌でした。

 

「ハイ! ワタクシは〜」

 

あれ言わなくちゃいけないのかなあ……

 

嫌だなあ……

 

自分がやりたくないことをするくらいなら、
先にやりたいことを
とことんやってみるのもいいかもな。

 

んで、もしダメだったら、その時は……

 

……

 

……まあ、その時考えればいいや……

 

僕はすごく適当な状態で
大学を卒業しました。

 

大きな分岐点。
ただの負け犬として生きるか
挑戦者として死ぬか

 

大学卒業後は、
バイトを転々としました。

 

スイミングスクールのコーチになり、
女児(5歳)にプールサイドで告られたり、

個別塾の講師になり、
女子生徒(14歳)に告られたりして、

人生で何度か来るはずのモテ期を
法律的に付き合えない子たちに
全部持っていかれました。

 

僕にとって人生最後の「労働」である
コンタクトレンズ販売店のバイトを
始めた時、

僕は24歳になったばかりで、
作家の夢はもうほとんど諦めかけていました。

 

いくら小説を書いても
ぜんぜん面白くならない。

 

もちろんそんな
自分も満足させれない作品を賞に送っても、
選考に通れるわけがありません。

 

かといって、いまさら作家の夢を諦めて
まっとうなルートに戻ることはできない。

 

「詰んだ……」

 

まさに八方塞がりという感じでしたが、
いろいろな道を天秤にかけ、
消去法で選んでいった結果、

小説を書くモチベーションは
ひたすら右肩下がりだったので、
作家の夢は泣く泣く諦めることにしました。

 

筆を置いた、というか、
パソコンを向かうのをやめて、

 

 

 

 

 

 

一度、まっさらになりました。

 

 

 

 

 

 

 

昔から諦めが早かった僕にとって、
小説は、唯一ずっと続けてこれたこと。

 

作家への夢は、僕の生きがい。
ポリシー。生きる軸。

そんな夢を諦めたことで、
僕の人生には軸がなくなりました。

 

友だちもおらず、社会的信用もなく、
フルタイムで働いて、
手取りはたったの14万円

 

販売店のバイトでは、
上司のパワハラもひどかったですし、
同僚との話の合わなさも……しんどい。

正直すぐに辞めたかったですが、
もう引くに引けない状況だったので
どうにか我慢して、毎日毎日、
お客さん対応をしていました。

 

たまに理不尽なクレーマーが来ると、
ついつい、喉元まで

「いい加減にしろよ」

という言葉が出かけましたが、
グッと拳を握りしめて笑顔を作ってました。

 

毎日毎日、満員電車に揺られ、
職場でたくさんストレスを溜め込んでも、
友達がいないから愚痴も聞いてもらえない。

発散の仕方がわからない。

運動やアウトドアの趣味もないので
思考は内側に向かい、悩みとなり、
精神的にだんだん苦しくなっていく。

 

作家の夢を失ってしまった以上、
やりたいことを言えばゲームくらいなので、
帰宅後、ひたすらやり込むのですが、

負けると逆にストレスが溜まり、
やめようと思ってもやめられずに、
連日遅くまで遊んでしまう。

「もう一回だけ」

「もう一回だけ!」

翌朝、アラームの音に叩き起こされ、
寝ぼけ眼のまま、朝食も取らずに出勤。

不健康な日々を繰り返しました。

 

肉体的な疲れ、
精神的な疲れがどんどん体に蓄積し、
土日は1日中寝ていても疲れが抜けず、
毎日の生活に嫌気がさしていました。

 

一応、バイトでは、
契約社員への道も見えていましたが、
上司を見ても一人も魅力的な人がおらず、
仕事を頑張るモチベーションは全く湧きませんでした。

 

でも、やめるわけにはいかない。

この環境から逃げても意味がない。

他の職場に行っても、
どうせまた一から同じことを繰り返すだけ……。

生きている限り、逃げ場などない。

 

「これでいいんだ」

「これが普通なんだ」

「何も才能のない人間は
歯車として生きるしかないんだ」

 

それが社会人……。

 

 

 

 

……

 

 

 

 

「それでいいのか? 俺」

 

 

ある時ふと、
そんなことを思いました。

 

 

確か、母親からのメールを
読んだ時のことだったと思います。

メールにはこう書いてありました。

 

『辛かったらいつでも
群馬に帰っておいで』

 

僕は強い人間ではありません。

 

日頃のストレスを、
自分だけの力で解消することができません。

 

しかし友だちもおらず、
SNSもやっていなかったので、
愚痴を吐く先はいつも家族でした。

 

家族の中でもいちばん頻繁に
連絡を取り合っていたのは母です。

 

僕に精神的な限界が来ていると
悟ったのでしょう。

 

母からのメールを見ていたら
自然と涙が溢れました。

 

たくさんお金を出してもらって
短大や大学に行かせてもらって、

夢を追うからという理由で、
東京まで出てきて、
色んな心配をかけてきて、

いきなり息子が家からいなくなって
寂しい思いもさせて……

 

自分の安っぽいプライドを守るため、
他人の生き方を否定してまで
自分の道を選んできたのに。

 

 

……なに、普通に夢に敗れて
平均以下の生活送って、
「これでいいんだ」って納得しちゃってんの?

 

 

 

お前何やってんの?

 

 

 

 

このまま一生、
何1つ大したことも成し遂げられない
無様な負け犬で終わるわけ?

 

 

 

それでいいの?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

いいわけがない。

 

 

 

……。

 

「俺、このままだとヤバいかも」
ということには薄々気づいていました。

 

思えばずっと、
たぶん高校生の後半くらいから、
未来のことを考えると、不安だらけでした。

 

でも、それを認めないようにしてきました。

 

認めると辛いから。

 

でも、そのメールを見て泣いた時、
明確に感じたんですよね。

「俺、いま、人生の大事な分岐点に
 差し掛かっているのかもしれない」

と。

 

「まだ若いから大丈夫」

そんなことを言っていられる時期は
きっと、一瞬で終わってしまう。

 

今、動かないと、
多分俺、ずっと動かない気がする。

 

そしたら、俺の人生、
一生負け犬のままだ。

 

そう感じました。

 

そんなのは絶対に嫌だ!

 

強く思いました。

 

 

世の中には、できる人より
できない人の方が圧倒的に多いです。

だからきっと、誰でも一度くらいは、

「このままじゃヤバい」
「どうにかしなければ」

と、自分の現状を嘆いたりすると思います。

 

でも、そのうちのほとんどの人は、
特に行動せずに終わります。

 

理由は単純。

自分で考え、
一人で行動するのに比べれば、

無思考状態でも
とりあえず働けば給料が入ってくる現状
居心地がよかったりするからです。

 

でも僕は違いました。

 

「難しそうだからいいや」
「わからないからいいや」

 

より、

 

「せっかく生まれてきたのに、
 1つも成功と呼べる結果を残せず、
 一生誰かにこき使われながら、死んでいくのは嫌だ」

 

そんな気持ちが
あらゆるネガティブを振り払いました。

 

そして僕には失うものが何もなかった。

 

財産も、友だちも、社会的信用も、
まあ家族はいるけれど、それ以外に、
僕を気にかけてくれる人は誰もいない。

でも僕の「挑戦」を邪魔する者は何もない。

(いや、いたとしても構うもんか!)

 

「……やってやる。
絶対に成り上がる。成す」

 

生まれて始めて、「挑戦」に対して
ポジティブな気持ちを持った僕は
自分でビジネスを始める
ということに意識を向け始めました。

 

自動収入がある生活へ

 

「やるとは言ったものの
具体的に何から始めよう?」

そういう迷いは、僕にはありませんでした。

 

自分がこれから
何をするかについては、
なんとなく決まっていたからです。

 

社会人1年目の頃に、
書店で見かけて手に取った
「アフィリエイト」の本。

 

  1. ブログに記事を書いて広告を張る
  2. 広告をクリックした人が商品を買ったり、サービスに登録したら報酬発生
  3. 自動収入(不労所得)が作れる可能性
  4. 完全匿名でもできる
  5. 自宅完結

 

という特徴を持ったこのビジネスは、
文章を書くくらいしか脳がなく、
人嫌いで、出不精で、メンタルが弱く、
面倒くさがりな僕にはぴったりだと思いました。

 

というわけで早速実践。

 

……。

 

「ブログって……どうやって作るん?」

 

まずそこでつまずきました。

 

早速、諦め癖が発動しそうになりましたが、
ここで諦めてしまっては今までと同じ。

 

死に物狂いで勉強して、実践して、
醜い見た目ではありましたが、
なんとかブログ(のようなもの)を作ることができました。

 

で、次の問題が発生します。

今度は、「何を書けばいいか」がわからない。

 

あれ?
文章は得意なはずなのに……。

 

コンタクトレンズ販売店で働いているから
コンタクトレンズ関係のブログをやろうと
思っていたのですが、

 

方針が決まっていても、
ぜんぜん書けない!

小説を書くのとブログを書くの、
勝手が全然違う!

 

最初はものすごく苦戦しました。

 

今では「ブログで稼ぐ」も広く一般化し、
ちょっとググれば、
わかりやすい記事や動画がごまんと出てきますが、

当時はそのようなものも少なく、
ほとんど暗中模索のような感じで、
ずっと作業に取り組んでいました。

 

 

アフィリエイトをやり始めてからは
会社の休み時間や、土日祝日が
ほぼ全て作業時間に変わりました。

 

朝、適当におにぎりを2つ買い、
朝と昼でそれを食べ、
昼休みはスタバ作業にあてる。

 

仕事中はずっと
アフィリエイトのことばかりを考え、
暇があれば思いついたことをメモに取る。

 

んで、退社後もう一度スタバに舞い戻り、
閉店の23時までひたすら作業。

 

職場の人に
「いつもPCで何してるの?」
と聞かれても、多くは語らず。
(どうせ理解してもらえないだろうし)

 

大学の頃の友だちからの
遊びの誘い、飲みの誘いも断り、
ひたすら作業に没頭。

 

そんな生活を毎日続けました。

 

 

 

初めて収益が上がったのは半年後。

 

初めての収益発生報告を確認した時
僕はバイト先のトイレにいたのですが、
スマホを握りしめ、

(おっしゃあああああ!)

と、心の中で叫び声をあげました。

 

確か、140円とか、
その程度の金額だったと思うのですが、
人生初めての、自分の力だけで
掴んだ栄光に酔いしれました。

 

途中、挫折しかけたことは
何度もありました。

 

正直な話、
ブログの更新をやめていた時期もあります。

 

でも、結果が出た。
諦めずによかった、と思いました。

 

人って、自分の努力が
きちんと身を結ぶことがわかると
どこまでも頑張れる生き物です。

 

僕の場合は140円が着火剤になり
より熱を入れて作業に打ち込めるようになりました。

 

開始から1年も経つ頃には
月に数千円、数万円と、
利益が出るようになり、

すぐにバイトの手取りの14万円を
上回る金額を稼ぐことができるようになりました。

 

バイト代14万円。
アフィリエイト収入、15万円。

 

合わせて30万円弱。

 

歳の近い上司の月収を
超えてしまった自分。

 

人生で初めての、
自分の意思で使えるまとまったお金。

 

初めての成功体験。

 

……とりあえず、
色々なものを買いました。

服とか、ゲームとか、
折り畳み式の自転車とか。

(もともと陰キャなので、
基本的に欲しいものの価格が低めです笑)

 

ある程度欲しいものを買い漁ると、
今度はその先の使い方を考えました。

……この先、どうしようか。

 

普通、仕事の合間に副業、というと、

労働+労働

いわゆるダブルワークなので、
お金は増える反面、時間がなくなります。

 

しかし、僕の場合は、

労働+自動収入

だったので、お金も増えつつ、
時間はある程度余っていました。

 

考える時間がありました。

 

「起業しよっかな?」

「どうせバイトだし、失うものもないし」

 

と、そんなことを考えていた矢先、

急激な腹痛に見舞われました。

 

過去に経験したことのないレベルの痛み。

生まれて初めて救急車に乗せられ、
病院へ搬送されました。

 

原因はストレス性の胃腸炎

どうやら過労からきたもののようでした。

 

会社でのストレスもそうですが、
アフィリエイトで結果を出すために、
結構無理な生活をしてましたからね。

気持ち的には大丈夫でも、
カラダには限界が来ていたみたいです。

 

人生初の入院でした。
(しかも結構ガチな入院)

 

でも、今思えばタイミングがよかったですね。

 

入院することになったおかげで、
今後の方針についてゆっくりと
考える余裕が生まれました。

 

ブログ更新も中断しましたが、
アフィリエイト収入は健在。

病院のベットで寝ているだけなのに
毎日少しずつ報酬が発生します。

 

自動収入ってマジでいいな……」

としみじみ感じました。

 

「これがもしなかったら
俺、収入ストップしてるわけだよな……」

 

そんなことを考えると、
また会社に戻って「労働」をするより、

自動収入を増やすことに注力した方が
遥かによく感じられました。

 

「会社、やめよう」

 

そう決断しました。

 

当時の僕のアフィリエイトの稼ぎは
月収15万円という心許ないものでしたが、
だからこそ逆に踏ん切りがついて、

 

「まあ、駄目ったらまたバイトすればいいや」

という考えになることができ、
そのまま会社をやめてしまいました。

 

専業してからの躍進と、
しかしアフィリエイトの裏切り

 

専業になった方が収入が伸びる、
という僕の読みは当たりました。

 

自己投資の重要性が
色々なところで説かれていたので、
僕もそれに倣って学ぶことにお金を使い始めました。

「そもそもってビジネスってなんぞや?」

であるとか、

「俺のアフィリエイトって、やり方合ってんの?」

であるとか、

「やべえ、税金全然わからねえ……」

みたいな疑問や悩みがあったので、
それを解決してくれそうなセミナーや本、
コンサルに、どんどんお金を払っていきました。

 

交流会やコミュニティにも色々参加し、
ハングリーに情報を求めました。

 

意識的に情報を吸収していくと
自分の価値観がみるみる変わっていきました。

 

貯金の残高が減るのは嫌でしたが、
それ以上のものを得られました。

 

そして新しく得た知識や情報を、
自分のビジネスに、日々の作業に盛り込んでいく。

起業して自由時間が増えてからも、
相変わらずストイックに取り組みました。

 

そんな甲斐もあってか、
起業して2年目には月収100万円を、
3年目には300万円を達成し、
順調に収入を増やしていくことができました。

 

生まれて初めて月収100万円を稼いだ時は、
体が震えました。

 

以下の写真は証拠の一部です。

この写真だと、
ひと月でだいたい200万円程度ですかね。

当時はゆうちょ銀行とUFJの口座に
お金を分けて預けていました。

上記はゆうちょ銀行の写真です。

 

また、今も代表を務めている

「株式会社CORVUS」

をこの時に設立しました。

 

 

売上も伸び、

社員も抱え、

仲間も増え、

純分満帆に、
経営者としての人生を歩み出そうとした、

そんな矢先。

 

大転落を経験しました。

 

アフィリエイトは
ブログへのアクセス数が命。

多くのアフィリエイターは、
Googleというプラットフォームに強く依存しています。

Googleはいわば、
アフィリエイターにとってのような存在です。

僕らみたいな弱小アフィリエイターは、
どれだけ頑張っても、
神の一存で一瞬にして消し飛びます。

 

2018年の夏のことでした。

 

俗に言う、医療・健康アップデート

Googleが検索アルゴリズム
(検索順位を決めるルール)を大幅に変更し、

僕にとって稼ぎ頭である
コンタクトレンズのブログのアクセスが激減
しました。

 

アフィリエイターにとって、
アクセスは収入に強く結びつくものです。

 

この二度のアクセス減少により、
売上にして、月の売上が大体80万円程度減りました。

 

当時、僕のサイトは、
「コンタクトレンズ おすすめ」とか
「ワンデー ランキング」とかで検索すると、
一番上に表示されていました。

 

ただ稼ぎ頭であるというだけでなく、
医療関係者の方からもコメントを頂いていたり、
大手webメディアからリンクをもらっていたり、
読者さんからたくさんのコメントをもらっていたりと、
自分の誇りとも思えるサイトでした。

 

そんなサイトが、突然の死

 

尋常じゃないくらい凹みました。

 

しかも不運はそれだけでは終わりません。

それと時を同じくして、

僕が直接契約を結んでアフィリエイトしていた
提携先の企業が、事実上経営破綻しました。

 

実を言うと、僕のアフィリエイト収入の大半は、
仲介企業を通した一般的なアフィリエイトではなく、

直接提携している企業の商品を紹介して
得ていたものでした。

 

その売上が全てなくなったので、
約150〜200万円/月の売上がダウン。

これまたたった1ヶ月程度で
完全に消えていきました。

 

単純計算で、
トータル230万円以上、月の売上が減少し、
その後もジワジワと減っていきました。

 

「あ、終わった」

と思いましたね。

 

売上がそれだけエグい減り方をしたのに、
養わなければいけない社員がいるプレッシャー。

束の間の裕福な暮らしの中で、
無駄に高まってしまった生活水準。プライド。

自分がやっと見つけた
「アフィリエイター」という居場所、誇りが
一瞬で消し飛んでしまったという事実。

 

「どうにかしないと!」

と焦って改善しようと手を加えるも、
大枠が崩れてしまった以上、
小手先の修正ではどうにもならず……。

 

焦り、怒り、徒労感、
不安、悔しさ、悲しさに押しつぶされ、

日に日に精神を病んでいき、
最終的にはうつ病を発症しました。

 

もちろん、そんな状態で
会社を続けることはできないので、
休止状態に。

 

働いてもらっていたスタッフたちには、
転職が完了するまでの期間を支援して、
最終的には辞めてもらいました。

 

……。

 

生ける屍

 

精神を病んでいくにつれ、
言っていること、やっていることが
メチャクチャになり、

人付き合いも雑になっていき、
周りからどんどん人が離れていきました。

 

 

しばらくすると、また、
お金もない、友だちも仲間もいない、
誇りもない、という状態に戻りました。

 

いや、正確には、お金はありました。

 

売上が激減したと言っても、
月に30〜40万円の自動収入はあったので、
家賃や基本的な生活費は払うことができました。

 

ただ、
生きていくために必要なお金があっても、
生きる気力はありませんでした。

 

なにをやろうと思っても
やる気が起きず、

夢も希望もなく、
社会的から存在を否定されたような気分で、
毎日を過ごしました。

 

もちろん、そんなのは僕の錯覚なのですが、
うつ病のせいで自尊心が微塵もない状態なので、
どうしてもそういう発想になってしまいます。

 

俺は何もできない。
生きている意味がない。
世の中が俺に死ねと言っている。

 

一切の誇張なく、本気で、
そのように思っていました。

 

道端に歩いている、
疲れた顔の痩せこけたサラリーマンを見た時ですら、

「ちゃんと仕事をしていて偉い」
「俺よりも何倍も社会に貢献している」

「それに比べて自分は……」

という気持ちを抱き、死にたくなりました。

 

気力を失った僕にできる、
自分を守るための唯一の行動は、逃げること。

全力で現実逃避に走りました。

 

  • SNSに楽しそうな投稿をしている人を片っ端からブロックしたり
  • 1日24時間以上ゲームをしたり、漫画アプリに重課金したり
  • youtubeで「怖い動画」や「狂気的な動画」をひたすらリピートしたり……
  • 風呂に入る気力も湧かず、5日間ほど自室からほとんど出ない生活をしたり

 

不眠もひどく、
基本的に、眠ろうと思っても眠れないので、

ひたすらゲームしたり、
youtubeを見たりして、
意識が朦朧とするまで疲労を貯めることで、
やっと寝ることができました。

 

うつ病は、放っておいて治る病ではありません。

何も対策を取らなければ、
症状は悪化する一方です。

 

でも治そうという気力も湧かない。

心配してくれる家族からのメールも、
ずっと無視していました。

 

あの頃の僕は、
文字通りの「生ける屍」でした。

 

そんな生活に嫌気がさして、

Amazonでロープを購入し、一人で山に行って、
完全な闇の中で朝まで寝ずに過ごしたこともありました。

 

何度か「実行」を試みましたが、
あと一歩のところで怖くなって引き返しました。

 

 

こんな話をすると驚かれるかもしれませんが、
一応、そんな状態でも、僕には恋人がいました。

 

僕が精神的にまだ健康だった時にできた彼女です。

年下の、誠実で、困った人を見捨てられないタイプの、優しい彼女。

 

そんな彼女と、
絶賛病みまくりの僕が交際を続けていられたのは、

中距離恋愛だったのが幸いして、
上手いこと病んでいる部分を隠せてからです。

  • 彼女に見えないところでひたすら病み続ける
  • 週に一度、彼女の前では元気そうに振る舞う

もちろん、彼女も馬鹿ではないので、
僕が病んでいることには気づいていたのですが、
まさかそこまで深刻でもないだろうと思って、
「心配する程度」に留まってくれていました。

 

また、もう1つ、
彼女と交際を続けられていた要因として、
自動収入があったのも大きいと思います。

ガクンと売り上げが下がったといっても、
月30〜40万円の収入はあったので、

彼女が遊びに来てくれる時は、
食事をご馳走してあげたり、
箱根など近場の温泉に行ったりすることはできました。

 

ただ、もちろん、
「自動収入」は完全無欠なものではありません。

定期的なメンテナンスを行ってあげなければ、
ゆっくりと右肩下がりに減っていきます。

しかし、そのメンテナンスをする気力ですら、
当時の僕にはありませんでした。

 

減りゆく収入をただただ黙って見ていました。

 

いや、正確には、
その現実からも目を逸らしていました。

 

自分の生活に、人生に、
タイムリミットがあるという事実を考えないようにしていました。

 

今だからこそ言えますが、

自動収入を失い、
貯金も全て切り崩して使い切ったら、
死のうと思っていました。

山の中でロープを使えなかったのは、
「まだ収入があるし」「家族や彼女もいるし」と、
この世の未練になる部分があったのも大きいです。

大切な人の存在と自動収入が、
生きる最終ラインになっていたわけですね。

 

頑張ろうという気力は一切湧かないけれど、
収入が一切ない自分に戻りたくなかった。

彼女との関係も失いたくなかった。

「寝ている間に隕石が落ちてきたら楽なのにな」

そんなことを考えながら、かろうじて生きていました。

 

死の淵からの帰還

 

うつ病っていうのは結構波があって、
基本的には一切やる気が湧かないのですが、
たまに前向きになれる時があったりします。

僕のモチベがちょっと高い時に参加した
とあるオンラインサロンの飲み会。

そこで出会ったとある起業家さんの話が、
当時の僕には劇薬になりました。

 

そのサロンは一言で言うと
「ウェーイ」なノリの人たちの集まりで、
僕みたいな根っからの陰キャには
付いていけないところがあったのですが、

「人に会えば少しは前向きに慣れるかなー」

なんて思いもあり、軽い気持ちで参加しました。

 

そこで彼と出会いました。

僕と同じように、
そこで飛び交う「薄い会話」に
明らかに醒めていた、彼。

聞けば僕と同い年。

自宅に籠もって稼いでいる、
という点でも同じです。

(まあ、その時の僕はほとんど稼いでいなかったんですが)

 

「彼」の月収は200万円程度。
収入のほとんどは完全自動。

普通の人なら
「えええっ!」
となるところでしょうが、

過去にそれ以上の金額を
自動で稼いでいた身としては、
それほど驚きはしませんでした。

(正直、死ぬほど羨ましかったですけどね)

 

彼は、ロジカルに、淡々と、
必要なことだけを話す人でした。

自分の実績を驕り高ぶることもなく、
必要以上にカッコつけたり、
誇張したりすることもない、
その誠実な姿勢には好感が持てました。

 

世の中には僕や彼よりも
大きな額を稼いでいる人がたくさんいます。

毎晩、数十万、数百万円という金を使い
派手に遊び散らかしている金持ちたちもいます。

それに比べれば、
彼の稼ぎや言動は、良くも悪くも地味です。

でも、だからこそ、リアルだと感じました。

 

「この人に教えてもらえば、
今の僕でも、もしかすると……」

彼と話している途中で、
そんな希望を抱いている自分がいることに気づきました。

 

「どうやって月収200万円を自動化してるんですか?」

僕がそんな直球な質問をしても、
彼は素直に教えてくれました。

それは「商品を作って、売る」という
最も基本的な商売にネットの力を掛け合わせた、
とてもシンプルなネットビジネスでした。

そしてそれを完全自動化しているのだと
彼は言いました。

 

正直な話、
「ネットビジネス」って言葉が僕は嫌いでした。

 

なんか胡散臭いし、

いまいち得体知れないし、

もっとダイレクトな言い方をすると、

ビジネスのことをよくわかっていない
量産型みたいな胡散臭い人たちや、

情報弱者相手に
詐欺的な商品を売りつけている人たち

よく使っている言葉だなーって思っていました。

 

でも、僕の目の前にいた彼は、
そんな僕のイメージとは真逆で、
地味で、ロジカルで、具体的。

話している内容はとてもまともに聞こえました。

 

「へー、
ネットビジネスをしている人にも、
こんな属性の人っているんだなー」

初めてそんなことを思いました。

 

……でも、冷静に考えれば、
なんとなくのイメージで決めつけるのって
よくないですよね。

 

例えばですが、

 

宗教=危ない

オタク=キモい

中国人=自分勝手

 

これらは部分的には合っているのかもしれないけれど、
事実ではありません。

 

なんとなくのイメージで、
全員を悪だと決めつけてしまうのは、
思考停止というか、残念な人たちの思考

 

知らない状態では
良いも悪いも語れないな。

 

今一度、
一から勉強してみるのもいいかもしれない
と思いました。

 

また、そう思えた理由の1つに
「話にゴールがあったから」
というものありました。

 

どういうことかというと、

「これとこれをやれば月収100万円に戻れて、
 これとこれをやればその収入を自動化できる」

という全体のフローがとても明確だったんですね。

 

自分であまり考える必要がない、と言いますか。

 

もう迷わなくていい。

 

それは、うつ病に悩み、
人生の暗夜行路にいるを照らす
一筋の強烈な光となりました。

 

人が精神を病む原因には
さまざまなものがありますが、
中でも大きな原因となるのは、

  • 経済的余裕がなく、
    取れる選択肢が極端に少ないこと
  • 自分が今どこにいて、
    これから何をすればいいのかが
    一切わからないこと

の2つだと僕は思ってます。

 

彼が示してくれた道は、
その2つの大きな問題を解消してくれるものでした。

 

 

……彼に初めて会ってから
2、3日後のことです。

「僕にビジネスを教えてください」

彼の元を尋ね、そう頼み込みました。

 

最初からこれやってたら、
今ごろ絶対年収1億超えてただろ、これ

 

最初は勉強から始めました。

 

頭でなんとなくわかっていたつもりの
インターネットビジネスを、
1から徹底的に勉強する。

 

今まで色々な教材やセミナーに
お金を払ってきましたが、
ビジネス自体を勉強したことは
ほとんどありませんでした。

 

いや、全くゼロではありませんでしたが、

過去に教えてくれた人は、
全体的に胡散臭くて、
言っていることが抽象的で、

口を開けばマインドだのギブだの連呼しまくる
語彙力が壊滅的な人ばかりだったので、
あまり参考にならなかったんですよね。

(それが大事なのは確かなんだけど、
もうちょい具体的に言ってほしいというか)

 

人には人に合った教え方があると思います。

感覚的に、イメージを湧かせる形で
教わるのが良い人もいれば、

論理的に、実数値や具体事例を持って
教わるのが良い人もいる。

ぱぱっと直撃的な言葉で
教わるのが良い人もいれば、

ゆっくり丁寧に時間をかけて
解説して欲しい人もいる。

 

僕にはどうやら、
「ロジカルでシンプルに」が合っていたようです。

 

インプットは素直に行うことができました。

 

続いて、実践のフェーズ。

 

頭では理解できているけれど、
僕にとって、

自分で商品を作って売る

というのは初めての挑戦でした。

 

今まで、アフィリエイターとして
人の商品を紹介することで
大した責任も追わずに稼いでいた僕にとって
それは大きなハードルでした。

 

最初は怖かった。

 

でも、

「ユウトさんなら行けますよ」

という彼の言葉が強い後押しになり、
なんとか一歩を踏み出すことができました。

 

 

すると、
すごく簡単に売れました。

 

「え」

と思いましたね。

始めて2ヶ月目で、
3万円の商品がポンと売れました。

 

3万円。

 

その金額が高いかどうかは、
人によってそれぞれだと思いますが、

アフィリエイターとしてやっていた頃、
この金額を稼ぐためには、

①ブログにたくさんのアクセスを集めて、
②他人の商品を紹介して、
③数十円〜数千円の小さな報酬をいくつを積み重ねて、

という工程を踏んでいました。

 

半年頑張って140円。

それが、
独学でアフィリエイトをしていた僕の
初めての報酬。

 

対するネットビジネスは、
2ヶ月目で3万円。

 

「あるぇー……_

 

もちろん、人に教わったから、
というのもありますが、

……いや、
人に教わったからこそ、
こんなに早く、こんなに簡単に
3万円というお金を稼ぐことができました。

 

しかも、自分の商品を持つ、
というのには更なる副次的なメリットがありました。

 

「すごい、すごいです!
ユウトさんの話、めちゃくちゃわかりやすい!
ありがとうございます」

 

購入していただいたお客さんからの感謝の声が、
メールで直接届く。

 

自分に信頼が貯まる。

 

アフィリエイターとして活動していた頃は、
一度も経験したことのないことです。

 

ブログに感謝のコメントは来ましたが
結局信頼を集めても、その人たちは、
みんな紹介先の企業のお客さんになってましたからね。

 

「これが自分で商品を持って
ビジネスをするってことか……」

 

あまりに当たり前のことを
ビジネスを始めて5年目にして、
始めて学びました。

 

僕が取り組んだビジネスは、
ちょっと専門的な言い方をすると、

「コンテンツ販売 × リストマーケ × 自動化」

と呼ばれる類のものなのですが、
このビジネスモデルがいかに最強か
ということをこの時実感しました。

 

「これ、商品の単価上げたり、
新しい商品用意したり、アクセスもっと増やしたりすれば、
一瞬で月収100万円行くじゃん」

 

と思いました。

 

てか、

 

「最初からアフィリエイトじゃなくて
こっちをやってたら、
俺、今ごろ絶対に年収1億超えてたじゃん!」

 

嬉しかった反面、めちゃくちゃ後悔しましたね。

今まで何やってたんだ、と思いました。

うつ病で辛かった時のことを思い出し、
感極まってしまって、

喜びながら、悔しがりながら、
いろんな感情が混ざったカオスな涙を流しました。

 

この資本主義社会に置いて、
あらゆる悩みは「お金がないこと」に
端を発しています。

僕のうつ病だって、
元はと言えば、収入の激減からくる
精神的ダメージ、未来への不安。

 

でも、もう大丈夫。

僕は自分だけの力で稼げるように、なる。

 

僕の心にへばりついていた闇の塊も、
無駄な遠回りをしてきて悔しいという気持ちも、
フツフツと湧き出てきた「燃える気持ち」によって、
跡形もなく消え去りました。

 

……僕はもう、負けない。

誰にも、何にも屈しない。

 

絶対1億稼ぐ。
それすら自動化してやる。

死ぬほど稼いで、
自分の家族や、世話をかけた周りの人たちを
この上ないほどに幸せにしてやる。

んでもって、
もう誰のための歯車にはならない。
誰にも人生の主導権を握らせない。

僕だけの人生を、最後までとことん楽しみきってやる。

 

起業家としての心を取り戻し再び立ち上がった僕は、
「自分でビジネスを作って稼げる力」を片手に、
また理想の未来に向かって走り始めました。

 

 

えーと、すみません。
三度目になりますが、改めまして『自動人形の王』です

 

「そもそも自動人形って何だよ」

って話を少し掘り下げますが、
僕が言う「自動人形」とは、簡単に言うと、
ネット上に構築した自動で商品を売る仕組みのことです。

 

いや、正確には、売るだけではないですね。

商品も売るし、お客さんも集めるし、
お客さんへの価値提供も自動で行う。

つまり、僕の労働の大半を請け負ってくれる仕組み
=自動人形
を作る。

 

僕が、恩師である「彼」から教わったのは、
この自動人形の仕組みの大元のアイディアとなる知識でした。

それを自分なりにアレンジして、
こねくり回して、
今までの6年に及ぶビジネス活動の全てを詰め込んで、
無駄なく整えた仕組み。僕だけの自動人形。

 

 

僕は彼と出会った後の1年半で、
この自動人形をひたすら作ってきました。

このメールを書いている時点で、
「彼」と出会ってから1年半とちょっとになりますが、

一時は30万円を切った僕の月収は、
300万円弱のところまで回復しました。

 

内訳については、

完全自動化の領域で、150万円程度。
(過去に作ったアフィリエイトサイト
+他のパートナーと組んでやっているビジネス
+自動人形ちゃんたちが頑張ってます)

半自動化の領域で、140万円程度です。
(こちらも他のパートナーとのビジネスと、
個人の起業・経営コンサルティングです)

 

(実績の一部を公開します。
paypalの残高画面です。継続課金はこちらで管理しています。
paypalにお金を溜めてたら出金停止をくらったという話をよく聞くので
100万円溜まったら出金するようにしているので、残高は少なめ)

 

僕は基本的に、
まず手動で稼ぐビジネスを作って、
それを徐々に自動化させていく流れを取るので、
いずれ140万円の部分もほぼ自動化する予定です。

 

そして空いた時間を使って、
またビジネスを作る。

 

この繰り返し……
年収億を達成するまでは。

 

とにかく、1年半で300万円。

アフィリエイトでこの金額を
稼げるようになるまでにかかった時間の、
半分以下です。

 

たったそれだけの期間で、
ここまで戻ってくることができました。

 

でも、個人的には金額はあまり関係なくて。

(もともとミニマリストなもんで、
月に30万円も稼げれば、充分満足な生活が送れます)

 

どちらかというと、個人的に嬉しかったのは、

  • 自動収益化できるビジネスを自分で作れるようになったこと
  • それを人に教えて、再現させられるようになったこと
  • お客さんに心から感謝をしてもらえるようになったこと
  • もしまた大転落を経験しても、戻ってこれる自信がついたこと

などなど。

一言でいうと、
自分が社会に貢献できる強い個人になれたことです。

 

夢の話

 

ビジネスを始める前は、
世界が灰色に見えていました。

 

虚勢を張ったり、
人を見下したりすることで
どうにか自分を保っていたけれど、
精神的に孤立しているのは、本当に辛かったです。

 

社会人になって、小説家の夢を諦めて、
一度まっさらになってから始めたアフィリエイト

最初の数百円が生まれた時は、
生まれて初めて、自分が世界に認められた気がしました。

 

しかし、無我夢中で上り詰めた高みからの、転落

小さな段差から落ちるのではありません。
登っていた山の途中にある崖からの転落。
落差が違います。

一度高まったプライドや生活水準、
周りからの期待がある中で、
「できない頃の自分」に戻るのは本当に辛かったです。

 

現実逃避を続ける日々。
プレッシャーやネガティブに押しつぶされ、廃人に。

SNS上でふと見つけた、

「物体としては生きているけど、人間としては死んでいる」

というフレーズがグサリと胸をえぐりました。

自分のことだ、と思いました。

 

僕の人生は、株価のチャートみたいだな、と思います。

上がったり、下がったり、上がったり、下がったり。

 

でも、全体を通して見てみると、
途中途中でガクン、ガクンと下がりながらも、
右肩上がりのグラフを描いています。

 

今はまだ、実績の面で言えば、
まだアフィリエイターだった頃の
最高地点には届きません。

でも、時間の問題だと思います。

 

それに、今僕が稼いでいるお金は、
おそらく、アフィリエイトで稼いでいたお金の
何倍も価値があるものです。

 

知識、教養、高い視座、
できることの数、仕事の質

メンタルの強さ、誠実さ、社会貢献性、

友人の多さ、協業者との繋がりの強さ、
起業家としての底力

 

これらを加味した総合点では、
もう既に過去の自分を遥かに超えています。

 

僕はどんどん成長している。

どんどんレベルアップして、強くなっている。

これが本当に嬉しいのです。

 

今、僕には夢があります。

 

正直に言うと、
ありすぎて書ききれないくらいなので
全部は書きませんが、

 

このまま自動人形たちを量産し続けて、
強大な軍団を完成させ、
自分だけの「帝国」を作り上げる

 

そんなロマンがあります。

(厨二病ばっちこーい!)

 

 

……世の中を見てみれば、
僕のように、自動で稼げる仕組みを作って、
ほとんど何もせず、僕よりも遥かに大きな額を稼いでいる人たちがいます。

 

僕よりもっと頭がよくて、
収入も僕の何十倍、何百倍、何千倍で
僕よりもっと壮大なビジョンを描いている、
本当に優れた人たちがいます。

 

僕の知り合いにも、年収3億超の個人や、
年商数百億の企業を保有する大経営者や、
国を作ったことがある化け物クラスの起業家など、上には上がいます。

 

そんな彼らから見れば、
僕はアリのようなものです。

いるかいないかも
わからないくらいのちっぽけな存在。

 

でもそれは、今、この瞬間の話です。

僕は自分の今のレベルが、
この先ずっと続くわけでもないと思います。

 

きちんと学び、行動すれば、結果が出る。稼げる。

それを知ってしまった。

 

稼ぎの仕組みを自動化していけば、
また空いた時間でもっと勉強できる。
行動できる。自動人形を増やせる。

その実感を持ってしまった。

 

未来は自分の力でいくらでもクリエイティブにできるし、
生き方はどこまでも自由にカスタマイズできる。

その事実に気づいてしまったのです。

 

以上を踏まえて、

僕はここに宣言します。

 

僕は年収1億を寝てても稼げる人間になる。

 

いや、その程度では終わりません。

 

年商10億、
いいや、100億を稼げる存在になる。

そして世の中に貢献しまくって、
家族や愛する仲間たちに囲まれながら
気持ちよく最後の時を迎えてやる。

 

僕はまだ無力だけど、
夢を語る分には自由だから、
とりあえず天下をとってやろう、くらいに思っておきます。

 

 

……とはいえ、
まだ1億より先はあまり見えていないので、
ひとまず2〜3年以内に年収1億を越えられるよう
今後のプランを設計しながら、

それを忠実に実行していっているというのが、僕の現状です。

 

最強の自動人形軍団を結成し、その王になる。

 

……僕の人生は、まだ始まったばかりです。

 

 

P.S. 人生の負け組だった頃の僕へ

 

僕が情報発信をしているのは、

「自分が主役に慣れない人生を送って何が楽しいの?」

「そんな人生、すぐにやめちまえよ」

というメッセージが根底にあります。

 

学校でも会社でも、

  • 空気が読めないやつ
  • できないやつ
  • よくわからないやつ
  • 暗いやつ

みたいな扱いをされていた、僕。

 

一度は成功を納め、
お金や時間の自由を手に入れても、

結局は誰かのビジネスの下請けで、
精神的には全然自由じゃなくて、
最終的に全部持っていかれた、僕。

そして手元にはほとんど何も残らなかった。

 

結局、人って、
時間とお金を手に入れるだけでなく
精神も楽になれないと
本当に自由にはなれないんですよね。

 

また、やっぱりどこまで行っても
自分が人生の主役になれないと、
人生を楽しみきれないんですよね。

 

今、幸せだよ? って思っている人でも、

 

本当に好きなことできてますか?

毎日、幸せですか?
人間関係で悩んだりしてませんか?

将来に一片の不安もないと言えますか?

いきなり余命3ヶ月と宣告されても、
後悔しないで残された時間を過ごせますか?

子供だった頃の自分に嘘をついてませんか?

 

……。

 

世の中の多くの人は、
大人になるに連れ、知識が増え、現実を知り、
幼い頃に描いた夢や、自分がその夢に乗せていた

人気者になりたい。

自由に生きたい。

自分を表現したい。

世界に羽ばたきたい。

などといった原始的な欲求に蓋をしていきます。

 

日本では我慢が美徳とされる側面もありますが、

きっと多くの人は、
理想を叶えられない自分を正当化しないと
やってられないから、

我慢をしたり、過去の夢を忘れたり
してるんだと思います。

 

社会の中で生きる以上、不自由は仕方がない。

我慢しなければ、家族を守れない。

我慢しなければ、お金がもらえない。

我慢しなければ、周りから変な目を向けられる。

 

世の中が
こういった思考を持っている人ばかりだから、
同調圧力に屈して、仕方がないという思考になっていくのです。

 

でも、実際は全然そんなことはなくて。

一旦、固定観念を全部捨てて、
フラットな視点で世の中を見渡してみれば、

そういう圧力に屈さず
自由に生きている人の姿がぽつぽつと見えてくるはず。

 

そしてその人たちと自分が
同じ人間なのに、立っている場所が全然違う
ということに気づくはず。

 

それを「おかしい」と思わなければいけないのです。

 

世の中に、自由に生きている人と
不自由に生きている人がいて、
自分が不自由であることに疑念を抱かなければいけないのです。

 

自由と不自由。

その境界に
「運」や「才能」や「コネ」がある、
と考えるのは大きな間違いです。

 

実際のところ、
生まれながら「勝ち組」の人なんて実際は一握りで、

実際は僕のように、

もともとは底辺の人間だけど、
悔しさをバネに学び、努力し、苦悩しながらも挑み続け、
自分の人生を変えていった人たちがほとんど
なのです。

 

もちろん僕は、誰もが「王」になれるとは言いません。

僕みたいな発想になっている時点で、
相当変人なので、まあ全体でみれば少数派です。

 

でも、

勉強すれば、自分で稼ぐ力を身につけることはできます。

最初は副業でも、匿名でも、
まとまった収入を作っていくことはできる。

本業を超える収入にすることもできる。

そしてそれを、少しずつ自動化することができる。

あなたも作れるんです。自動人形を。

 

最初はガタガタでもいい。

でも一体目を作ってしまえば、自動収入を生み出せる。

その自動人形と、
自分のビジネスとで本業を超える額を稼いでしまえば、
会社に依存しない生き方を始めることができるのです。

 

パソコン1台で仕事ができれば、
いつでも自分のタイミングで好きなだけ働ける。

 

沖縄でも、ハワイでも、ヨーロッパでも、
自分が旅行しながら働くことができる。

 

満員電車? 何それ美味しいのって感じ。

 

午後一時まで寝たかったら、
よだれでも垂らしながら死ぬほど寝ればいい。

 

ディズニー行くならミラコスタ一択。

 

ちょっと気が向いたら彼女と一緒に温泉に行き、
足湯にでも浸かりながら語りあったり
読書したり、youtube見たり。のんびり。

 

こんな毎日が送れるなんて、
教室の端っこで一人寂しく座っていた時は
思いもしませんでしたよ。

 

6年前、起業した当時の僕は
今よりずっと馬鹿だったので、
自分でもできるかな、とめちゃくちゃ不安を抱えていました。

でも逆に馬鹿だったからこそ、
「やってみないと始まらない」
と勢いよく最初の一歩を踏み出すことができました。

 

僕は今、その起業した時の自分よりもっと昔の、
何かを始めたいけど何も始められず
ひたすらモヤモヤしていた自分
に、こう伝えたい。

 

いち早くビジネスに出会ってくれ。

 

独学でアフィリエイトのような
「代行業」をやるなんて効率の悪いことはせず、まず学んでくれ。


んでもって、
最短最速で、自動人形を作ってくれ。

 

 

僕はもう30歳です。

まだまだ若いと感じる人いるかもしれませんが、
世の中には僕よりもっと若く、
僕よりもっと成功している人がわんさかいます。

 

それは時代が違うからだろ?

 

というのもやっぱり言い始めたらキリがないので、
僕は言いません。

残りの人生で今が一番若いのです。

 

今という貴重な時間を
そんな干からびたオッサンみたいな思考で
台無しにしたくありません。

時代が違うのも結構結構。

結論、やるしかないので前に進みます。

 

もしあなたが、僕の話に少しでも共感できるなら、
ぜひ、一歩ずつでもいいので、
自分の足で前に進んでもらえればと思います。

 

いろんな人がいろんな場所で、
耳にタコができるくらい言いまくってますが、

やはり、人生一度きり、です。

 

僕も最初は平均点以下のでした。

バイトも続かないし、
友だちもいないし、
自殺したいなんて1,200万回くらい思いましたよ。

 

でも生きてる。

それだけでなく、
お金も、モノも、人も、知識も、
さまざまな資産を若くして手に入れることができた。

 

平均点以下だった僕にだってできたんだから、
きちんと学んできちんと努力すれば、
誰にだって結果が出せる
と心から思います。

 

(あ、もちろん、
他人任せのクレクレくんになっちゃダメですよ。

そんな人は結局何やってもダメなんで)

 

やり方は誰かに教わるにしても、
自分で頑張るって心意気がマジで大事です。

 

でも、具体的に何を頑張ればいいの?

 

そう思う人もいるかもしれません。

 

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