人や会社に依存しているうちは絶対に自由にはなれない。自分で稼ぐスキルと自動収益化の知識を身につけて、真の自由を確立しよう。

【プロフィール】最高月収440万円。起業してから72ヶ月間、自動収入と共に。【自己紹介と理念】

  • 2021年2月23日
  • 2021年4月30日
  • 生き方
  • 141view

生まれてきた理由なんてない。
それを探しにいくのが人生でしょ。

日々の生活の中で
よく自分を見失ってしまったり

いくら頑張っても
全然楽になれないのは
多分、やり方を間違ってるから。

 

あなたの人生を
無駄なく楽しみ切るため
僕と一緒に、働き方や考え方を
根本から改善していきましょう。

 

 

……ユウトです。

 

僕は昔から、
特別頭が良いわけでもなく
何か才能があるわけでもないのに
プライドだけは無駄に高くて
周りに上手く馴染めず、
学校や会社ではずっと浮いていました。

 

コミュニケーションも苦手で、
ストレス耐性低すぎて、
絶対就職してもやっていかないだろうと
バイトを転々とする日々を過ごしていました。

 

やっと定着した職場では、
機械のように単純作業を繰り返し、
自己中な客やクレーマー、パワハラ上司に
ひきつった笑みを浮かべて対応しながら

「俺、何の為に生きてんだろ」

って毎日のように思っていました。

 

そんな自分が嫌になって
パソコンを使って副業を開始。

死ぬほど勉強して、
死ぬほど努力して、
6年ほど経ちました。

 

……というわけで、
改めまして、自己紹介させてください。

株式会社CORVUS代表、
PC1台とwi-fiさえあれば、
ひと月で440万円以上稼げてしまう
ひとり経営者、二渡ユウトです。(@yuto_six

 

少し僕の話をさせてもらうと、
14歳の時に小説家になることを志して以来、
かれこれ16年以上文章を書いてきた人間です。

 

あなたの人生を一変させるお話を、
具体的かつシンプルに、ワクワクさせながら
お伝えしていく自信があります。

 

コーヒーでも飲みながら
サクサクと読み進めてくださいね。

 

改めまして、ユウトです。

 

僕は今、累計10以上の事業を行い、
個人的な収入として、
月に200〜450万円程度稼いでいます。
(収入は「どれだけやるか」で変動)

 

僕が今やってる事業は
大体こんな感じです。

 

 

まあ、色々やっていますが、
実はほとんどの事業は
業務委託のパートナーや
他社さんなどが絡むので、
僕の取り分は収入はそこまで大きくありません。

 

僕の収入の中で大半を締めるのは
上記のどれでもない、

ネット上に構築した
「自動化の仕組み」からの
不労所得(ストック収入)です

 

 

自分の労働を丸っと肩代わりし、
自動で稼ぎ続けてくれる仕組み。自動人形

 

詳細については後々お伝えしますが、
とにかく、これが作れるようになれば
人生が死ぬほどイージーになります。

 

だって、自動人形を1つでも
作ることができてしまえば、

寝ている間も、旅行している間も、
ゲームしている間も、デートしている間も、
自動で収入が入ってくるわけですからね

 

ちなみに、
僕は起業して7年目になりますが、

6年前、アルバイトを辞めて
フリーターから独立起業した時には

既に自動で利益が上がる状態を作れていました。

 

違う言い方をすると、

副業のうちにひたすら
自動収入を作ってきたからこそ、
リスクを極限まで抑えて独立する
ということができました。

 

実は僕、
一応大学は出ているのですが、
会社に務めた経験が一度もありません。

 

大学卒業後はフリーターとして、
夢である小説家を目指しながら
フワフワとした生活を送っていました。

 

しかし、どれだけ書いても、
どれだけ賞に送っても、
端にも棒にもかかることははなく…。

24歳の時まで
「流石にもう無理」と思って夢を断念。

 

ただ、そのまま正社員を目指すのには
絶望的にモチベが湧かなかったので
自分でビジネスを始めました。

 

僕が取り組んだのは、
「ブログで稼ぐ」でお馴染みのアフィリエイト

アフィリエイトとは?

自分のメディア(ブログ、youtubeなど)に広告を掲載し、広告収入で稼ぐビジネスのこと

 

土日は全て返上。
飲み会や遊びもゼロ。

全ての時間を作業に投資して、
月に15万円ほど稼げるようになったところで
独立起業しました。

 

専業になってからは
教材・スクール、コンサルなどにも投資し、
起業後2年目には月収300万円を達成。

最大時には、
月収360万円を達成することができました。

 

今はもう、アフィリエイトが
「自分の性格に合わない」
「昔に比べて全然旨みがない」
と感じているので、事業としては撤退していますが、

僕の起業家としての人生は
アフィリエイトによる自動収入と共に始まりました。

 

とまあ、そんな感じで、
かれこれ6年以上(72ヶ月以上)、
自動収入の恩恵を受け続けてきた身からすると、

 

「ビジネスを始めるなら
最初から自動化を目指さないと勿体無い!」

 

と心から思いますし、逆に、

 

「自動収益がない人生って、
もはや正直イメージつかん……
(ハードモードすぎるだろ……)」

 

とも、思ってしまうんですよね。

 

ただ、もちろん僕は
自慢とか嫌味で、
このような話をしているわけではありません。

 

ここからは
僕の理念の話になるのですが、

昔の僕のように、
毎日一生懸命頑張っているのに、
一向に楽になれず、苦しんでいる人が
世の中にはとても多いと感じています。

そんな人たちに、

 

  • 「社会の歯車」のような生き方をやめてほしいから
  • 「自動収入」に支えられた真に安定的な生活を手に入れて欲しいから
  • お金と時間の自由を確立し、「自分が主役の人生」を手に入れて欲しいから

 

ブログやら、SNSやらyoutubeやら、
まあ色々なところで、発信を行っているわけです。

 

もう少し具体的な話をしましょう。

僕がtwitterやブログなど
さまざまな媒体で発信している情報を
キャッチしていけば、

 

  • 知識ゼロの会社員でも、半年以内に月20万円〜の副収入が得られる方法
  • 経費ゼロ、仕入れ不要、場所不要で月に100万円以上稼ぐビジネスを作る方法
  • 日々の仕事や家庭事情に悩殺されながらも効率よく収益化するための時間術
  • あなたの代わりに働く「自動人形」を作ってお金・時間・精神の自由を全て手に入れる方法

 

などなど、一言でいうと
今の状況を具体的にどうしたら変えられるのか?
ということがわかるようになります。

 

あ、そうそう。
僕は文章だけでなく図解も得意です。

文章だけでなく、音声や図を用いて
ロジカルに解説しているので、

「労働から解放された自由な生活」

をどうしても手に入れたい方は、
ぜひ、僕の発信を隅々までチェックしてみてくださいね。

 

無駄な労働から完全に脱し、
無限に楽しめる生活を手に入れた

 

さてさて、
少し話が広がりましたが、

僕は自分の力で稼げるようになり、
さらにそれを自動収益化したことで
人生が大きく好転しました。

 

ありきたりな言葉で言えば、
お金・時間・精神の自由ですが、

多くの人が喉から手が出るほど
求めているこれら3つを
ガチで全て手に入れたことにより、

自分から「自由」を奪っていた
会社という「閉鎖空間」とそこに蔓延る「有象無象」

(パワハラ上司、満員電車
自分勝手な客、クレーマー
生産性ゼロの単純労働、etc)

などから逃れ、
一切ストレスのない生活を手に入れることができました。

 

また、自分がしたいと思ったことを
誰にも何にも邪魔されず
実現できるようになりました。

 

とりあえず、
昔叶えたかった夢は全て叶えました。

 

自分がバイトで通っていた
セレブも多く住む東京・二子玉川に
3LDKのリッチなマンションを借りる

 

ふと思い立った時に、
沖縄・石垣島などの国内リゾート地や、
ハワイ、ロンドン、シンガポールなどの海外にも
気軽に遊びに行けるようになる

石垣島にて ここめちゃくちゃオススメです
ロンドンにて 大英博物館にて、ロゼッタストーン
シンガポールにて 友だちの誕生日会か何かで撮った写真(詳細は忘れた)
マリーナベイサンズにも何度か行きました。

 

好きな時に起きて、好きな時に寝て
やる気がない日は1日中、
読書、映画、小説執筆、アート鑑賞など
趣味を存分に楽しんだり、

 

自分の趣味(服、ガジェット、ペットなど)に
5万、10万、30万という額を、
一切の抵抗なく、使えるようになったり、

オーダーメイドスーツ作成

 

紅白歌合戦にもよく出ている歌手とゲームしたり、

億超え経営者を何人も育ててきた
敏腕コンサルタントと親しくランチしたり、

元外務省の先生のビジネス相談に乗ったり、

国を創った経験がある世界的起業家と飲んだり。

(この辺はコンプライアンスの関係で詳しくかけません(詳しくはメルマガで!))

 

あ、そうそう。

最近、10歳年下の彼女と婚約し、
今後の人生をより楽しむための算段を
毎日ワクワクしながら立てています。

生きる理由です

 

僕の日々の仕事は
自宅でほぼ完結します。

 

気分転換したい時は、
近所の自然溢れるお洒落カフェで
彼女と一緒にパソコン作業。

 

メルマガ読者さん
教え子・クライアントさんから
毎日感謝の言葉(時には贈り物)が届く。

 

読書が好きなので、
近所の書籍読み放題のラウンジで
心理学・哲学・デザイン・自然科学など
好きな分野の勉強に励み、全て仕事に活かす。

 

年に一度、思い切りリラックスするため、
マレーシアに住む友人の元に小旅行。

プール付きの豪邸でサンセットを眺めながら
次はどんな事業やるかー、想像を巡らせる。

マレーシア、友人宅のプールにて 真ん中に写っているのは僕ではなく友人(陽キャ)です。

 

と、こんな感じで、
6年前は収入的にも人間的にもど底辺の
貧困フリーターだった僕でも、

ビジネスを勉強して
自分で稼げるようになったことで

自分が理想としていたライフスタイルを
手に入れることができました。

 

 

僕は24歳の時にビジネスに出会い、
人生が180度変わりました。

 

いや、むしろ、

ビジネスを始めて様々なことを経験し、
いろいろなものを拾い集めながら
もう180度回ったことで、

昔、描いていた夢を
再び目指せるようになりました。

 

僕には「小説家になる」
という夢がありましたが、

昔に比べ文章力も格段に上がり、
出版社との繋がりもでき、
充分すぎる作業時間も手に入れた今では、

仮に小説家をもう一度目指したら
なれないわけがない
と思ってます。

 

まだ小説家になれてない
僕が言うのもアレですが、

お金と時間と精神の余裕を手に入れれば、
ぶっちゃけ、どんな夢を叶えるのもイージーになりますよ。

 

 

 

……と、ここ数年の僕は、そんな感じで、
仲間にも仕事にも環境にも恵まれ、
楽しい毎日を送れていますが、

 

冒頭でも書いた通り、起業する前の僕は
自分でもマジで生きている価値がない
思えてしまうようなダメ人間でした。

 

大した技能も持っていないくせに
プライドだけは無駄に高い、
典型的なこじらせ男子で、

 

なおかつ、相当な人嫌いだったので
意識的に周りの人と距離を置いたり、
わざと人を傷つけてしまうような生き方をしていました。

 

でも僕は、悪意を持って
そういった行動を取ってきたわけではありません。

周りの人や環境を否定することで

  • 環境に上手く馴染めない自分
  • 何もできない無力な自分

を正当化していただけなのです。

 

少年時代〜学生時代の僕は
どちらかと言えば劣等生で、
コンプレックスの塊でした。

 

周りに対して劣等感を常に感じ、
仲間の輪に入れないことに、
常に寂しさを感じていました。

 

ユウトの来歴の話

 

少しだけでいいので、
僕の昔話をさせてください。

田舎で虫取りをしながら育った小学生時代

 

僕は「群馬」という、
関東でも最弱のポジションを争い合う県
小さな田舎町に生まれました。

 

小さい頃はとにかく臆病な子供で、
根性もなく、嫌なことから逃げ続けていました。

 

体育が苦手なので仮病を使ったり、
習い事を始めてもひと月で辞めてしまったり。

 

とにかく内向的な性格だったので
友だちという友だちもおらず、

小学校では、
休み時間の孤独感から逃げるために、
図書館でハリー・ポッターなどを読んで過ごしていました。

 

授業参観で
「ごんぎつね」の劇をしている最中に
短いセリフを忘れてしまって

1分以上固まってしまって
会場がシーンと静まり返ったこともあります。

 

一応、
なんとなく話せる友だちはいましたが、
精神的にはずっと孤独でした。

 

友だちと一緒にいるよりも
1人でいる方が好きで、

どこかに遊びに行くよりも、
家にいる方が好き。

 

本を読んだり、ゲームをしたり、
弟と一緒にレゴブロックをしたり、
近所の田んぼに虫取りに出かける、どこまでも内気な少年でした。

 

闇属性をこじらせまくって
ネクロマンサー化した中学生自体

 

中学になってからは、引っ込み思案な性格も
多少は外向きになっていったのですが、
そのせいでなかなか悲惨な経験をしました。

 

  • 初めて彼女ができたものの、1日で振られる
  • 何も悪いことをしていないのに、教師のちょっとした勘違いで、公衆の面前でボコボコにされる
  • 誰かが投げた上履きが近くにいた男子の頭に直撃し、僕がやったと勘違いされていきなり殴られる

 

理不尽で、暴力的で、不運。

 

それが僕の中学校生活でした。

 

ちなみに僕が小説家を志したのは
中学2年生の時だったのですが、

リアルでの悔しさ、悲しさ、孤独感が
存分に反映されていたからか、

 

  • 主人公の少年がビームで学校や同級生を焼き払うサイコな物語
  • 主人公の少年がネクロマンサー(死霊術師)になって教師や同級生を葬り去り、それを蘇らせて軍団を結成し、日本を侵略していくサイコな物語

 

などといった
「作者のストレスや鬱憤を具現化したようなもの」
を世の中に大量放出してました。

 

イメージとしてはこんな感じ(ここまでスタイリッシュっじゃないけど) image by 『俺だけレベルアップな件』Chugong・h-goon・DUBU(REDICE STUDIO)

 

まあ、一言でまとめると、
「黒歴史」っすね★

 

……。

 

小説以外のところでは、
絵を描くことと、テレビゲームと
遊戯王カードが好きで、
友だちとよく集まって遊んでいました。

 

フラストレーションが死ぬほど蓄積された高校生時代

 

高校は親の仕事の関係で
工業高校に進学しました。

 

最初はなんとか高校デビューを果たそうと頑張ったのですが、失敗。

いつも通りのポジション(日陰者)に落ち着くことになりました。

 

正直、高校生活はクソつまらなかったです。

 

まず、工業高校なので、
クラスの9割以上は男子

 

学年に1つだけ女子のクラスがあったけれど、
コミュ力0の陰キャラには、
近寄ることすら許されない絶対領域。

 

世の中に男女共学の高校があるという事実は、
僕にとっては都市伝説のようなものでした。

 

男! 汗! 作業着!
木材・鉄骨・コンクリート!

 

これが僕の高校時代でした。

 

小説家の夢は相変わらず顕在でしたが、
作品を賞に出してみても、
端にも棒にもかかることはなく。

次第に、小説を人に見せることが
怖くなっていきました。

 

……。

 

陰キャでも環境に恵まれればリア充になれると知った短大時代

 

高校卒業後は、栃木県にある
國學院栃木短期大学に入学しました。

 

国分学科・創作文芸コース

 

小説家を目指している僕には
「まさに!」といった感じの
学科とコースですが、

ぶっちゃけ、
パンフレットの表紙が女子だらけだった
という理由だけで選びました。

 

父さん、母さん、ごめんなさい。

でもお陰様で、
短大生活は死ぬほど楽しかったです。

 

男子の割合が圧倒的に少ないから、

平均点以下の男でも、
平均点以上のポジションを得られた
ので、

かなり理想的なキャンパスライフを送ることができました。

 

女子と話さざるを得ない環境のおかげで
コミュ力も自然と高まり、
腹を割って話せる良い友だちが
たくさんできました。

 

  • 放課後、体育館に残って
    バレーボールやバドミントンをしたり、

学校が終わった後は、

  • 仲の良い友だちのアパートに泊まって
    ゲームやお酒を楽しんだり
  • 行きつけの居酒屋を占拠し
    女子も呼んでリア充っぽく飲んでみたり

そんな生活を、2年間続けました。

 

俺、あんなにダメ人間で、
卑屈な陰キャラだったのに、
こんなに遊んじゃっていいワケ?

ってくらい遊びまくりました。

 

……でも、

今までずっと、陰キャ・コミュ障として
まともな人格が形成されずに生きてきた僕が、
そのまま円満に学校生活を終えられるわけがなく。

 

色恋問題をキッカケに
仲の良かった友人と揉めに揉め、

楽しく終われるはずだった
2年間の最後に完全孤立して、
僕の短大生活は幕を閉じました。

 

……。

 

再び孤独に戻った大学時代

 

僕が通っていた短大は、
東京・渋谷にある國學院大学の分校です。

短大を卒業するとそのまま
本学へと三年次編入ができるので、
まだ就職をしたくなかった僕は上京を決意しました。

 

初めての1人暮らし。

地元(群馬)に比べ、
人も建物も文化の数も圧倒的すぎる街・東京。

見知らぬ土地での全く新しい生活は、
とてもワクワクしました。

 

が、

大学生活はアルティメットつまらなかったです。

 

田舎から編入してきた奴、という時点で肩身の狭さはお察し

 

田舎の短大で培ったコミュ力や
ファッションセンス、遊びのスキルなんて
都会のキラキラした子たちの前では無力。

1年経っても
ほとんど友だちができませんでした。

 

大学生のユウト
大学って思ったより全然つまらないなー

 

と、

自分の無力さを環境のせいにしながら
不毛なキャンパスライフを送っていました。

 

ちなみに、
僕が初めてビジネスに興味を持ったのはこの頃。

 

人って、退屈さや
非生産的な毎日が極限まで高まると
起業したがる生き物なんですかね。

 

Facebookの創業期のエピソードを描いた
「ソーシャル・ネットワーク」という映画にドハマりして、ビジネスの世界に魅了されました。

 

ソーシャル・ネットワークのワンシーン
この映画、本当に面白いからぜひ見てほしい!

 

若き日のマーク・ザッカーバーグが
(オタクで非モテな大学生が)

学生寮の中で起業し、
多くの人々や世間の関心を巻き込んで
会社を急成長させていくストーリーに自分を投影し、

 

「お、俺もビジネスしたい……」

 

と起業に対し強い憧れを抱きました。

 

でも、
いざ自分で何かやろうと思っても、
具体的なイメージは一切湧かず……。

 

今ほどSNS文化も盛んでなかったので、

「学生で起業なんてのは
よほど才能に恵まれた人たちしかできないんだ」

と勝手に結論づけ、
ビジネスについて考えることを諦めました。

 

絶望しか感じなかった就職活動

 

就活シーズンになると、
キャンパス内にはスーツ姿の学生たちが増えてきました。

 

周りがみんな就活を始めたので、
それに倣って就活を始めましたが、

正直な話、
1ミクロンも気乗りしませんでした。

 

何で社会の歯車になるために
こんなに頑張らなくちゃいけないのか

そんなことばかり考えていました。

 

ぶっちゃけ、
就活はかなり適当にやってました。

 

何とかなるだろ。
そう思ってろくに準備もせず、
面接に臨んでいました。

 

……もちろん、結果は惨敗。

 

周りの就活生たちが
一生懸命就活している中で

就活に否定的で、ろくに準備もしてない
モチベの低い陰キャが受かるはずがありません。

 

文章には自信があるのに
エントリーシートで落とされまくり、
モチベもプライドも崩壊。

最終的には、就活を諦める、
という道を選びました。

 

フリーターとして食い繋ぎながら
なんとかして、小説家になろう。

 

そう心に決めて、
執筆活動に専念することにしました。

 

お金のために社会の歯車になって
時間を切り売りする生き方と

 

お金はないけれど自由な生き方

 

両者を天秤にかけ、
後者の方を選びました。

 

 

……本当は、そんな甘い考えが
長続きするはずがないと気づいていましたが、
現実から目を背けていました。

 

……。

 

人生の大きな分岐点。
負け犬として生きるか、挑戦者として死ぬか

 

大学卒業後は、
バイトを転々としました。

 

スイミングスクールのコーチになったり、
個別塾の講師になったり。

 

人に何かを教えるのは好きだったので、
そういう仕事ばかりを選んでいましたが、

パワハラ気質な職場だったり、
話の通じない同僚たちに悩まされたりして、

仕事内容とは全然関係ない部分で
苦しくなって、職場を後にしました。

 

僕が最後に行き着いたのは、
「教える」とは全く関係ない
コンタクトレンズ販売店でのアルバイトでした。

 

当時、僕は24歳。
一応まだ小説は書いてましたが、
小説家の夢はもうほとんど諦めていました。

 

いくら小説を書いても
ぜんぜん面白くならない。

 

それでも、
昔から唯一続けてきたことなので、
ほぼ意地だけで書き続けていましたが
やがて体力も精神力も尽き果て、

 

「もう、駄目だ……」

 

10年以上に渡る夢への挑戦に、
自ら泣く泣く終止符を打ちました。

 

 

 

 

一度、完全にまっさらになりました。

 

 

 

 

小説家への夢は、僕の生きがい。

 

ポリシー。

生きる意味。

生存理由(レゾンデートル)。

 

そんな夢を諦めたことで、
僕の人生には「軸」がなくなりました。

 

その結果、
今まで辛いからと目を背けてきた現実と
向き合わなければならなくなりました。

 

実績もコネも人脈もなし。

フルタイムで働いて、
手取りはたったの14万円

お金になる知恵もスキルも持たない、
社会的価値ゼロの陰キャラフリーター。

当然、時間もお金も、精神の余裕もない。

 

自分が社会のゴミであることに気づきました。

 

毎日毎日、満員電車に揺られ、
職場では上司にガミガミと叱られ、
機械のように単純作業を繰り返す日々。

 

正直、逃げ出したかったですが、
今まで散々逃げ続けてきた人間に、
これ以上の逃げ道はありません。

 

生きることとは、逃げ場のない生き地獄に苦しみ続けること

 

一切の誇張抜きで、
当時の僕の価値観はそんな感じでした。

 

全てのものがグレーに染まった世界の中で、

「俺、何のために生きてんだろ」

何度もそんなことを考えていました。

 

 

 

 

そんなある日のこと。

地元・群馬にいる母から
こんなメールが届きました。

 

『辛かったらいつでも
群馬に帰っておいで』

 

普通にやりとりしている中でポッと出てきた、唐突なメールでした。

 

 

ここまでの話からもわかる通り
僕は強い人間ではありません。

 

日頃のストレスを、
自分だけの力で解消することができません。

 

しかし友だちもおらず、
SNSもやっていなかったので、
愚痴や悩み相談相手はいつも家族でした。

 

中でもいちばん頻繁に
連絡を取り合っていたのは母です。

 

息子に精神的な限界が来ていると母は悟ったのでしょう。

 

だからこその、『帰っておいで』。

 

そのメールを見ていたら
自然と涙が溢れてきました。

 

悲しさに?

いや、

悔しさに。

 

たくさんお金を出してもらって
短大や大学に行かせてもらって、

夢を追うからという理由で、
東京まで出てきて、
色んな心配をかけてきて、

いきなり息子が家からいなくなって
寂しい思いもさせて……

 

 

俺、何やってんだろ。

 

 

自分に対して呆れることは
何度もありましたが、

その時は明確に、
社会の歯車に成り下がっている自分に
怒りを覚えました。

 

 

 

お前は、このまま一生、
何1つ大したことも成し遂げられない
無様な負け犬で終わるのか。

 

 

 

 

それでいいのか。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

いいわけがない。

 

 

 

……。

 

 

「俺、このままだとヤバいかも」
ということにはずっと気づいていました。

 

思えば、高校生の後半くらいから、
未来のことを考える度、ずっと不安になっていました。

 

でも、それを認めないようにしてきました。

 

認めると辛いから。

 

でも、母のメールを見て泣いた時、
明確に感じたんですよね。

 

「俺、いま、人生の大事な分岐点に
 差し掛かっているのかもしれない」

 

と。

 

「まだ若いから大丈夫」

 

そんなことを言っていられる時期は
きっと、一瞬で終わってしまう。

 

「残りの人生で今日が一番若い」

「今日という日は、残りの人生の最初の1日」

 

小説やら公演やら
いろんなところで見聞きしてきた
誰かの名言を思い出しました。

 

やるなら1秒でも早い方がいい。

 

今、動かないと、
多分俺、ずっと動かない気がする。

 

そしたら、俺の人生、
一生負け犬のままだ。

 

そう感じました。

 

 

 

そんなのは絶対に嫌だ。

 

 

 

世の中には、できる人より
できない人の方が圧倒的に多いです。

 

だからきっと、
誰でも一度くらいは、

「このままじゃヤバい」
「どうにかしなければ」

と、自分の現状を嘆くことがあると思います。

 

でも、そのうちのほとんどの人は、
特に行動せずに終わります。

 

理由は単純。

 

自分の頭で考え、
自分の人生に責任を持って
たった独りで行動するのに比べれば、

無思考状態でも、組織に属し、
とりあえず働けば給料がもらえる環境にいた方が居心地が良いからです。

 

でも僕は違いました。

 

「せっかく生まれてきたのに、
 1つも成功と呼べる結果を残せず、
 一生誰かにこき使われながら死んでいくのは嫌だ」

 

そんな気持ちが
あらゆるネガティブを振り払いました。

 

ビジネスをやろう、と思いました。

自分で生きる道を見出そう、と。

 

どうせ失うものも何もない人生です。

 

財産も、友だちも、社会的信用も、
まあ家族はいるけれど、それ以外に、
僕を気にかけてくれる人は誰もいない。

 

僕の「挑戦」を邪魔する者は何もない。

 

いや、いたとしても構うもんか!

 

これ、多くの人が忘れてしまってますが、
自分の人生って、
やっぱり自分のものなんですよね。

 

本来、人はどこまでも自由なんです。

 

その自由という権利を、
他人の物差しを意識するあまり、

あるいは、
自分が無能だと勝手に決めつけることで
放棄してしまうのは、本当に勿体ない。

 

「……やってやる。
絶対に成り上がる。成す」

 

生まれて初めて、「挑戦」に対して
ポジティブな気持ちを持った僕は
自分でビジネスを始める
ということに意識を向け始めました。

 

自動収入がある生活へ

 

「やるとは言ったものの
具体的に何から始めよう?」

そんな迷いは、
僕にはありませんでした。

 

自分がこれから
何をするかについては、
なんとなく決まっていたからです。

 

ネットで稼ごう。

 

既に「ブログで稼ぐ」系の本は
何冊か読んでいたので(現実逃避のために)
最初はそれで稼ごうと思いました。

 

PC1台で始められるビジネスだから、

  • 顔出しの必要もないし
  • 大きなリスクもないし
  • うまくいけば不労所得が手に入る
  • 月収100万円も超えられるかもしれない

 

場所や仕事に縛られず、
好きな時に好きなだけ遊んだり、
休んだりできる人生。

 

そんな未来を
手に入れている自分を想像すると、
思わず笑みが溢れました。

 

というわけで早速実践。

 

……。

 

「ブログって……どうやって作るん?」

 

まずそこでつまずきました。

 

小説はwordで書いていたため
タイピングだけは得意でしたが

自分がPCやネットに全然詳しくないことを
その時初めて知りました。

 

……最初は勉強から始めました。

 

とにかく辛い現状を打破するため、
死に物狂いで勉強して、実践しました。

 

開始から1ヶ月程度で
醜い見た目ではありましたが、
なんとかブログ(のようなもの)を作ることができました。

 

でも、そこで次の問題が発生します。

今度は、「何を書けばいいか」がわからない。

 

あれ?
文章は得意なはずなのに……。

 

コンタクトレンズの
販売店で働いているから

コンタクト関係のブログを
やろうと思っていたのですが、

 

方針が決まっていても、
ぜんぜん書けない!

小説を書くのとブログを書くの、
勝手が全然違う!

 

最初はものすごく苦戦しました。

 

今では「ブログで稼ぐ」も広く一般化し、
ちょっとググれば、
わかりやすい記事や動画がごまんと出てきますが、

当時はそのようなものも少なく、
ほとんど暗中模索のような感じで、
ずっと作業に取り組んでいました。

 

 

……ただ、
自分でビジネスを初めてからは
まだ結果が出ていないのに、
毎日が楽しくなりました。

 

人って目的のある行動をしてる時って
心が満たされるんですよね。

 

会社の休み時間や、土日祝日。
ただゲームに費やしていた時間が
ほぼ全て作業時間に変わりました。

 

仕事中はずっと
ビジネスのことばかりを考え、
暇があれば思いついたことをメモに取る
仕事が終わったら記事を書く。

そんなルーティーンが始まりました。

 

同僚から
「いつもPCで何してるの?」
と聞かれても、多くは語りませんでした。
(どうせ理解してもらえないだろうし)

 

大学の頃の友だちからの
遊びの誘い、飲みの誘いも断り、
ひたすら作業に没頭。
(どうせ理解してもらえないだろうし)

 

そんな生活を毎日続けました。

 

 

 

初めて収益が上がったのは半年後。

 

初めての収益発生報告を確認したのは
バイト先のトイレ内だったのですが、
スマホを握りしめ、

(おっしゃあああああ!)

と、心の中で叫び声をあげました。

 

確か、140円程度だったと思うのですが、
生まれて初めて自分の力だけで掴んだ栄光
酔いしれました。

 

途中、挫折しかけたことは
何度もありました。

 

実際のところ、半ば諦めかけて
ブログ更新をやめていた時期もあります。

 

それでも、
何とか自分を奮い立たせて取り組み続けたら、結果が出た。

 

挑戦して良かった、
続けてきて良かった、と思いました。

 

人って、自分の努力が
きちんと身を結ぶことがわかると
どこまでも頑張れる生き物なんですよね。

 

僕の場合は最初の140円が着火剤になり
より熱を入れて作業に打ち込めるようになりました。

 

すると、月に数千円、数万円と、
次第に利益が増えていき、

すぐにバイトの手取り14万円を
上回る金額を稼げるようになりました。

 

バイト代14万円。

ブログからの収入、15万円。

合わせて30万円弱。

 

人生で初めての、
自分の意思で使えるまとまったお金。

 

……とりあえず、
色々なものを買いました。

服とか、ゲームとか、
折り畳み式の自転車とか。

(もともと陰キャなので、
基本的に欲しいものの価格が低めです笑)

 

ある程度欲しいものを買い漁ると、
今度はその先の使い方を考えました。

……この先、どうしようか。

 

普通、仕事の合間に副業、というと、

労働+労働

いわゆるダブルワークなので、
お金は増える反面、時間がなくなります。

 

しかし、僕の場合は、

労働+自動収入

だったので、お金も増えつつ、
時間はある程度余っていました。

 

ゆっくり考える時間がありました。

 

「独立しよっかな?」

「どうせバイトだし、失うものもないし」

 

と、そんなことを考えていた矢先、

急激な腹痛に見舞われました。

 

過去に経験したことのないレベルの痛み。

生まれて初めて、
救急車に乗ることになりました。

 

原因はストレス性の胃腸炎

どうやら過労からきたもののようです

 

仕事のストレスもそうですが、
ビジネスで結果を出すために、
結構無理な生活をしてましたからね。

気持ち的には大丈夫でも、
カラダには限界が来ていたみたいです。

 

人生初の入院でした。
(しかも結構ガチな入院)

 

でも、今思えば
タイミングがよかった。

 

入院することになったおかげで、
今後の方針についてゆっくりと
考える余裕が生まれました。

 

ブログの更新も中断しましたが、
広告収入は健在。

病院のベットで寝ているだけなのに
毎日少しずつ報酬が発生します。

 

自動収入ってマジでいいな……」

としみじみ感じました。

 

「これがもしなかったら
俺、収入ストップしてるわけだよな……」

 

そんなことを考えると、
また会社に戻って「労働」をするより、

自動収入を増やすことに注力した方が
遥かによく感じられました。

 

「会社、やめよう」

 

そう決断しました。

 

当時の僕のネットからの稼ぎは
月収15万円という心許ないものでしたが、
だからこそ逆に踏ん切りがついて、

 

「まあ、駄目だったらまたバイトすればいいや」

という考えになることができ、
そのまま会社をやめてしまいました。

 

 

専業してからの躍進と、
大転落。再び灰色の世界に

 

専業になった方が収入が伸びる、
という僕の読みは当たりました。

 

自己投資の重要性が
色々なところで説かれていたので、
僕もそれに倣って学ぶことにお金を使い始めました。

 

そもそもってビジネスってなんだ?

であるとか、(今さら)

 

俺のアフィリエイトって、やり方合ってんの?

であるとか、(今さら)

 

やべえ、税金全然わからねえ……

みたいな疑問や悩みがあったので、
それを解決してくれそうなセミナーや本、
コンサルに、どんどんお金を払っていきました。

 

貯金の残高が減るのは嫌でしたが、
それ以上のものを得られました。

 

そして新しく得た知識や情報を、
自分のビジネスに盛り込んでいく。

起業して自由時間が増えてからも、
相変わらずストイックに取り組みました。

 

そんな甲斐もあってか、
起業して2年目には月収100万円を、
3年目には300万円を達成。

 

生まれて初めて月収100万円を稼いだ時は、
体が震えました。

 

以下の写真は証拠の一部です。

この写真だと、
ひと月でだいたい200万円程度ですかね。

(当時はゆうちょ銀行とUFJの口座に
お金を分けて預けていました)

 

また、今のメインの法人である
「株式会社CORVUS」
をこの時に設立しました。

 

 

売上も伸び、

社員も抱え、

仲間も増え、

純分満帆に、
経営者としての人生を歩み出そうとした、

そんな矢先。

 

大転落を経験しました。

 

2018年の夏のことでした。

 

俗に言う、医療・健康アップデート

Googleが検索アルゴリズム
(検索順位を決めるルール)を大幅に変更し、

僕にとって稼ぎ頭である
コンタクトレンズのブログのアクセスが激減
しました。

 

アフィリエイトは
ブログへのアクセス数が命。

 

多くのアフィリエイターは、
Googleというプラットフォームに強く依存しています。

 

Googleはいわば、
アフィリエイターにとってのような存在。

 

僕らみたいな弱小アフィリエイターは、
どれだけ頑張っても、
神の一存で一瞬にして消し飛びます。

 

 

この二度のアクセス減少により、
売上にして、月の売上が大体80万円程度減りました。

 

当時、僕のサイトは、
「コンタクトレンズ おすすめ」とか
「ワンデー ランキング」とかで検索すると、
一番上に表示されていました。

 

ただ稼ぎ頭であるというだけでなく、
医療関係者の方からもコメントを頂いていたり、
大手webメディアにも紹介されていたりと、
自分の誇りとも思えるサイトでした。

 

そんなサイトが、突然の死

 

尋常じゃないくらい凹みました。

 

しかも不運はそれだけでは終わりません。

それと時を同じくして、

僕が直接契約を結んで商品を紹介していた
提携先の企業が、事実上、経営破綻しました。

 

実を言うと、僕のアフィリエイト収入の大半は、
仲介企業を通した一般的なアフィリエイトではなく、

直接提携している企業の商品を紹介して得ていたものでした。

 

その売上が全てなくなったので、
約200万円前後、月の売上がダウンしました。

 

これまた、たった1ヶ月程度で
完全に消えていきました。

 

単純計算で、
トータル280万円以上月収が減り、
その後もジワジワと減っていきました。

 

「あ、終わった」

と思いましたね。

 

売上がそれだけエグい減り方をしたのに、
養わなければいけない社員がいるプレッシャー。

 

束の間の裕福な暮らしの中で、
無駄に高まってしまった生活水準。プライド。

 

自分がやっと見つけた
「アフィリエイター」という居場所、誇りが
一瞬で消し飛んでしまったという事実。

 

「どうにかしないと!」

と焦って改善しようと手を加えるも、
大枠が崩れてしまった以上、
小手先の修正ではどうにもならず……。

 

大きすぎるプレッシャーと
様々なネガティブな感情に押しつぶされ、

日に日に精神を病んでいき、
最終的にはうつ病を発症しました。

 

もちろん、そんな状態で
会社を続けることはできないので、休止状態に。

 

働いてもらっていた社員さんには、
転職が完了するまでの期間を支援して、
最終的には辞めてもらいました。

 

……。

 

生ける屍

 

精神を病んでいくにつれ、
言っていること、やっていることが
メチャクチャになり、

人付き合いも雑になっていき、
人がどんどん離れていきました。

 

 

何年かぶりに、
お金もない、仲間もいない、誇りもない、という状態に戻りました。

 

いや、正確には、お金はありました。

 

ある程度の貯金はありましたし、

売上が激減したと言っても、
月に30〜40万円の自動収入はあったので、
家賃や基本的な生活費は払うことができました。

 

ただ、
生きていくために必要なお金があっても、
生きる気力はありませんでした。

 

なにをやろうと思っても
やる気が起きず、

夢も希望もなく、
社会的から存在を否定されたような気分で、
毎日を過ごしました。

 

もちろん、そんなのは錯覚なのですが、
うつ病で自己肯定感ゼロの状態だと、
どうしてもそういう発想になってしまいます。

 

俺には何もできない。

生きている意味がない。

世間全体が僕に死ねと言っている。

 

一切の誇張なく、本気で、
そのように思っていました。

 

道端に歩いている、
疲れた顔のサラリーマンを見た時ですら、

「ちゃんと仕事をしていて偉い」

「俺よりも何倍も社会に貢献している」

「それに比べて自分は……」

という気持ちを抱き、死にたくなりました。

 

気力を失った僕にできる、
自分を守るための唯一の行動は、逃げること。

全力で現実逃避に走りました。

 

  • SNSにリア充投稿してる人を片っ端からブロックしたり
  • 1日24時間以上、朦朧とした状態でゲームをしたり
  • 風呂に入る気力も湧かず、5日間一切家から出ない生活をしたり

 

不眠もひどく、
基本的に、眠ろうと思っても眠れないので、

ひたすらゲームしたりyoutubeを見たりして、
意識が朦朧とするまで疲労を貯めることで、
やっと寝ることができました。

 

うつ病は、放っておいて
治る病ではありません。

何も対策を取らなければ、
症状は悪化する一方です。

 

でも治そうという気力も湧かない。

心配してくれる家族からのメールも、
ずっと無視していました。

 

あの頃の僕は、
文字通りの「生ける屍」でした。

 

そんな生活に嫌気がさして、

Amazonでロープを購入し、
一人で山に行ったこともありました。

 

何度か「実行」を試みましたが、
あと一歩のところで怖くなって引き返しました。

 

 

……。

 

 

こんな話をすると驚かれるかもしれませんが、
一応そんな状態でも、僕には恋人がいました。

 

僕がまだ健康だった時にできた彼女です。

年下の、誠実で、困った人を見捨てられないタイプの、優しい彼女。

 

そんな彼女と、
生ける屍と化した僕が交際を続けていられたのは、
やはり病んでても入ってくる収入があったのも大きいと思います。

 

もし仮に、僕が収入もなく、
生活に困窮しているような状態だったら
今も彼女が僕の隣にいてくれたかはわかりません。

 

「自分には自動収入がある」

という事実は、僕が自覚していたよりも
大きな心の支えになっていたのだと思います。

 

ただ、もちろん、
「自動収入」は完全無欠なものではありません。

 

定期的なメンテナンスを行わなければ、
収入はゆっくりと右肩下がりに減っていきます。

 

しかし、
そのメンテナンスをする気力ですら、
当時の僕にはありませんでした。

 

減りゆく収入を
ただただ黙って見ていました。

 

いや、正確には、
その現実からも目を逸らしていました。

 

自分の今の生活に、
タイムリミットがあるということを
考えないようにしていました。

 

頑張ろうという気力は一切湧かないけれど、
収入が一切ない自分に戻りたくなかった。

 

彼女との関係も失いたくなかった。

「寝ている間に隕石が落ちてきたら楽なのにな」

そんな卑怯なことを考えながら、
かろうじて生きていました。

 

死の淵からの帰還

 

うつ病っていうのは結構波があって、
たまに前向きになれる時があったりします。

僕のモチベがちょっと高い時に参加した
とあるオンラインサロンの飲み会。

そこで出会ったある起業家さんの話が、
当時の僕には劇薬になりました。

 

そのサロンは一言で言うと
「ウェーイ」なノリの人たちの集まりで、
少々、テンション的に付いていけないところがあったのですが、

「人に会えば少しは前向きに慣れるかなー」

なんて思いもあり、
軽い気持ちで参加しました。

 

そこで彼と出会いました。

 

僕と同じように、
そこで飛び交う「薄い会話」に
明らかに醒めていた、彼。

 

聞けば僕と同い年。

 

自宅に籠もって稼いでいる、
という点でも同じです。

(まあ、その時の僕は
ほとんど稼いでいなかったんですが)

 

「彼」の月収は200万円程度。
収入のほとんどは自動収入。

普通の人なら
「えええっ!」
となるところでしょうが、

過去にそれ以上の金額を
自動で稼いでいた身としては、
それほど驚きはしませんでした。

 

彼は、ロジカルに、淡々と、
必要なことだけを話す人でした。

自分の実績を驕り高ぶることもなく、
必要以上にカッコつけたり、
誇張したりすることもない、
その誠実な姿勢には好感が持てました。

 

「この人に教えてもらえば、
今の僕でも、もしかすると……」

彼と話している途中で、
そんな希望を抱いている自分がいることに気づきました。

 

「どうやって月収200万円も
自動で利益が上がるんですか?」

僕がそんな直球な質問をしても、
彼は素直に教えてくれました。

 

それは「商品を作って、売る」という
最も基本的な商売にネットの力を掛け合わせた、
とてもシンプルなビジネスでした。

彼はそれを完全自動化しているのだと言いました。

 

しかも彼の知り合いには、
その方法で年間1億円以上稼いでいる人もいるそうです。

 

一見すると、
眉唾物っぽい話でしたが、

話している内容は
どこまでも聞いてみても具体的。

辻褄が合っているように感じました。

 

「ネットビジネスか……」

 

正直なことをいうと
僕はその言葉が嫌いでした。
(なんか胡散臭いし)

 

でも、彼の話を聞いて
ワクワクもしている自分もいたので、

今一度、一から勉強してみるのも
ありかもしれないと思いました。

 

また、そう思えた理由の1つには
「彼の話にゴールがあった」というのも大きいです。

 

どういうことかというと、

「これとこれをやれば
月収100万円に戻れて、

 これとこれをやれば
その収入を自動化できる」

という全体のフローが
とても明確だったんですね。

 

自分であまり考える必要がない、と言いますか。

 

もう迷わなくていい。

言われたことを言われたままやれば
自動収入を作ることができる。

 

それは、うつ病に悩み、
人生の暗夜行路にいるを照らす
一筋の強烈な光となりました。

 

人が精神を病む原因には
さまざまなものがありますが、
中でも大きな原因となるのは、

  • 経済的余裕がなく、取れる選択肢が少ないこと
  • 自分がこれから何をすればいいのかがわからないこと

の2つだと僕は思ってます。

 

彼が示してくれた道は、
その2つの大きな問題を解消してくれるものでした。

 

 

……彼に初めて会ってから
2、3日後のことです。

 

「僕にビジネスを教えてください」

 

彼の元を尋ね、そう頼み込みました。

彼は頷いてくれました。

 

最初からこれやってたら、
今ごろ絶対年収1億超えてただろ、これ

 

最初は勉強から始めました。

 

頭でなんとなくわかっていたつもりの
インターネットビジネスを、
1から徹底的に勉強する。

 

今まで色々な教材やセミナーに
お金を払ってきましたが、
ビジネス自体を勉強したことは
ほとんどありませんでした。

 

いや、全くゼロではありませんでしたが、

過去に教えてくれた人は、
全体的に胡散臭くて、
言っていることが抽象的で、

口を開けばマインドだの
ギブだの連呼しまくる
語彙力が壊滅的な人

ばかりだったので、
あまり参考にならなかったんですよね。

(それが大事なのはわかるんだけど、
もうちょい言語化して欲しいというか)

 

それに比べて、
彼の話はロジカルかつシンプルで
とてもわかりやすいものでした。

 

たった一回のセッションを受けただけで、

 

  • ビジネスの原理原則
  • 効果的なマーケティング
  • ネット自動化

 

すなわち、

 

インターネットで
爆発的な利益を上げるために
欠かせない3つの概念

 

のインプットと理解を
済ませるができました。

 

学習が終われば、
次は実践のフェーズです。

 

当時の僕にとって、

自分で商品を作って売る

というのは初めての挑戦でした。

 

今までは、
ブログで人の商品を紹介することで
特に責任も追わず稼いでいたわけですからね。

 

最初は正直怖かったです。

 

  • クレームが来るかも
  • 全く売れないかも
  • そもそも自分にできるのか……?

 

そんなことばかり考えていました。

 

でも、

「ユウトさんなら行けますよ」

という応援の言葉が後押しになり、
なんとか最初の一歩を踏み出すことができました。

 

 

すると、
すごく簡単に売れました。

 

「え」

 

始めて2ヶ月目で、
3万円の商品がポンと売れました。

 

3万円。

 

この金額が高いかどうかは、
人によってそれぞれだと思いますが、

ブログで稼いでいた頃、
この金額を稼ぐためには、

 

  1. ブログにたくさんのアクセスを集めて、
  2. 他人(他者)の商品を紹介して、
  3. 数十円〜数千円の小さな報酬を積み重ねて

 

という工程を踏んでいました。

 

半年やって140円。

 

それが、僕のブログが生み出した初めての成果です。

 

しかし、
それに対する自分で商品を持つビジネスは、2ヶ月目で3万円。

 

「あるぇー……」
と思いました。

 

もちろん、人に教わったから、
というのもありますが、

……いや、
人に教わったからこそ、
こんなに早く、こんなに簡単に
3万円というお金を稼ぐことができました。

 

しかも、自分の商品を持つことには
更なるメリットがありました。

 

「すごい、すごいです!
ユウトさんの話、めちゃくちゃわかりやすい!
ありがとうございます」

 

購入していただいた
お客さんからの感謝の声が、
メールで直接届く。

 

自分に信頼が貯まる。

 

アフィリエイターとして活動していた頃は、
一度も経験したことのないことです。

 

当時やっていたブログにも
感謝のコメントは来ましたが

結局僕がブログで人を集めても、
その人たちはいずれ、
僕がブログで紹介している会社の
お客さんになってまうワケですからね。

 

つまり、長い目で見ると
めちゃくちゃ無駄が多い、と。

 

それに対し、自分で商品を持って
自分に著作権があるビジネスをすれば
利益も、信頼も、情報も、
全て自分の元に貯まる。

 

「これが自分で商品を持って
ビジネスをするってことか……」

 

あまりに当たり前のことを
ビジネスを始めて5年目にして、
そのリターンの大きさに初めて気づきました。

 

僕が取り組んだビジネスは、
ちょっと専門的な言い方をすると、

「コンテンツ販売 × リストマーケ × 自動化」

と呼ばれる類のものなのですが、
このビジネスモデルがいかに最強か
ということをこの時実感しました。

 

「これ、商品の単価上げたり、
新しい商品用意したりすれば、
一瞬で月収100万円行くじゃん」

 

と思いました。

 

てか、

 

「最初からアフィリエイトじゃなくて
こっちをやってたら、
俺、今ごろ絶対に年収1億超えてたじゃん!」

 

嬉しかった反面、めちゃくちゃ後悔しましたね。

今まで何やってたんだ、と思いました。

うつ病で辛かった時のことを思い出し、
感極まってしまって、
喜びと、悲しみと、嬉しさと、後悔と、
いろんな感情が混ざった涙を流しました。

 

この資本主義社会に置いて、
あらゆる悩みは「お金がないこと」に
端を発しています。

僕のうつ病だって、
元はと言えば、収入の激減からくる
精神的ダメージ、未来への不安。

 

でも、もう大丈夫。

僕は自分だけの力で稼げるようになった。

 

僕の心にへばりついていた闇も、
無駄な遠回りをして悔しいという気持ちも、

フツフツと湧き出てきた
「もっと稼いで幸せになってやる」
という強い気持ちによって、
跡形もなく消え去りました。

 

……僕はもう、負けない。

誰にも、何にも屈しない。

 

絶対1億稼ぐ。
それすら自動化してやる。

死ぬほど稼いで、
自分の家族や、世話をかけた周りの人たちを
この上ないほどに幸せにしてやる。

んでもって、
もう誰のための歯車にはならない。
誰にも人生の主導権を握らせない。

僕だけの人生を、
最後までとことん楽しみきってやる。

 

起業家としての心を取り戻した僕は、
「自分でビジネスを作って稼げる力」を片手に、
また理想の未来に向かって走り始めました。

 

 

自動人形

 

冒頭でもお伝えしましたが、
僕のメインビジネスは
「自動人形」を増やすことです。

 

「そもそも自動人形って何だよ」

って話を少し掘り下げますが、
僕が言う「自動人形」とは、簡単に言うと、
ネット上に構築した自動で商品を売る仕組みのことです。

 

いや、正確には、売るだけではないですね。

商品も売るし、お客さんも集めるし、
お客さんへの価値提供も自動で行う。

つまり、僕の仕事の大半を
請け負ってくれる仕組み=自動人形
を作る。

 

僕が、恩師である「彼」から教わったのは、
この自動人形を作るための大元となる知識でした。

それを自分なりにアレンジして、
こねくり回して、
今までの6年に及ぶビジネス活動の全てを詰め込んで、
無駄なく整えた仕組み。

僕だけの自動人形。

 

 

僕は彼と出会った後の1年半で、
この自動人形を増やしたり、強化したり、
他の自分のビジネスを整えたりしてきました。

このメールを書いている時点で、
「彼」と出会ってから1年半とちょっとになりますが、

一時は30万円を切った僕の月収は、
再び300万円を超えるまでに戻りました。

(2021年に入り440万円を突破しました)

 

内訳については、

完全自動化の領域で、150万円〜。
(過去に作ったアフィリエイトサイト
+他のパートナーと組んでやっているビジネス
+自動人形ちゃんたちが頑張ってます)

半自動化の領域で、200万円〜です。
(こちらも他のパートナーとのビジネスと、
個人の起業・経営コンサルティングです

こちらは僕がどれだけ労働するかなので
やろうと思えばいくらでも増やせます)

 

(実績の一部を公開します。
paypalの残高画面です。継続課金はこちらで管理しています。
友人や知り合いからpaypalに出金停止されたという話をよく聞くので
リスク回避のため、ある程度溜まったら出金するようにします。
そのため、残高は少なめ)

 

僕は基本的に、
まず手動で稼ぐビジネスを作って、
それを徐々に自動化させていく流れを取るので、
いずれ半自動化の領域もほぼ自動化する予定です。

 

ビジネスを作って、お金を増やし、
自動化して、時間を増やし、
その時間を使って、またビジネスを作る。

 

この繰り返し……
これで理論上、個人でも億超えはします。

 

それは、今の僕にとっては
1つの「夢」ですが、

とにかく僕は、
自動化の知識を得たことで、
元の水準である月収300万円まで
戻ってくることができました。

期間にして、1年半。
アフィリエイトでこの金額を
稼げるようになるまでの、
半分以下の時間で、です。

 

たったそれだけの期間で、
ここまで戻ってくることができました。

 

でも、個人的には金額はどうでもよくて。

(もともとミニマリストなもんで、
月に30万円も稼げれば、充分満足な生活が送れます)

 

どちらかというと、個人的に嬉しかったのは、

  • ビジネスを自動収益化できたこと
  • それを人に教えて、再現させられるようになったこと
  • お客さんに心から感謝をしてもらえるようになったこと
  • もしまた大転落を経験しても、戻ってこれる自信がついたこと

など、一言でいうと、
自分が社会に貢献できる強い個人になれたことです。

 

ちゃんと自分で稼ぐことができ、
しかもそのほとんどが自動化され、

お金と時間と精神の自由を
手に入れた上で、

多くの人に認められる存在になれたこと。

陰キャとして学生時代を過ごし、
人生の長い間、ずっと孤独と
他者へのコンプレックスを感じてきた身としては
今のような自分になれたことが本当に嬉しいです。

 

夢の話

 

ビジネスを始める前の僕は、
世界が灰色に見えていました。

 

見栄を張ったり、
現実から目を背けたりすることで
どうにか自分のプライドを守ってたけれど
精神的にはずっと孤独で、本当に辛かったです。

 

社会人になって、小説家の夢を諦め、
一度まっさらになってから始めたアフィリエイト

最初の数百円が生まれた時は、
生まれて初めて、自分が世界に認められた気がしました。

 

しかし、無我夢中で上り詰めた高みからの、転落

小さな段差から落ちるのではありません。
登っていた大きな山の途中での、大転落。
致命的な精神ダメージを受けました。

一度高まったプライドや生活水準、
周りからの期待がある中で、
「できない頃の自分」に戻るのは本当に辛かったです。

 

その後、プレッシャーや
さまざまネガティブに押しつぶされ、廃人に。

 

SNS上でふと見つけた、

「今の世の中には
生物としては生きているけど、
人間としては死んでいる人が多い」

という誰かの言葉が胸にグサリ刺さりました。

自分のことだ、と思いました。

 

僕の人生は、
株価のチャートみたいだな、と思います。

 

株価のチャート

 

いや、僕だけじゃないですね。

これを読んでいるあなたも
多かれ少なかれ、
上がったり下がったりを繰り返すような
人生を送っていると思います。

 

僕の場合は、他の人に比べると
少し上下の幅が大きな
人生を送ってきました。

でも、全体を通して見てみると、
途中途中でガクン、ガクンと下がりながらも、
右肩上がりのグラフを描いています。

 

24歳の時、
自分で稼げるようになってやる、
と心に強く決めた時から
やっと僕の本当の人生が始まりました。

 

僕は不器用なので
途中、何度も失敗を経験しましたが、
日を追うごとにどんどん成長している
実感があります。

 

どんどんレベルアップして、
強くなっている。

 

これが本当に嬉しいです。

 

今、僕には夢があります。

 

正直に言うと、
ありすぎて書ききれないくらいなので
全部は書きませんが、

 

このまま自動人形たちを量産し続けて、
収入を無限に増やし続ける

さらに、自動人形や
コンサルティングを活かして
僕のように自分で稼ぐことができ
自分軸の人生を送れる人たちを増やし続ける

そして、そんな人たちと共に
新しい事業をやったり、社会貢献したり、
国を作ってみたり、

とにかく、
楽しく笑い合いながら
もっと楽しいことに取り組めるようになる

 

などといったことをしたいなと
未来を自由に描きながら、
日々の活動に取り組んでいます。

 

 

……世の中を見てみれば、
僕のよりも若いのに
僕よりも遥かに大きな事業を起こして
僕よりも遥かに稼いでいる人たちがたくさんいます。

 

僕の知り合いにも、
年商10億を超える20代前半の経営者や、
年商100億超えのグループ企業の代表や、
国を創ったことがある起業家など、
化け物クラスの人たちがたくさんいます。

 

そんな彼らから見れば、
僕はアリのようなものです。

いるかいないかも
わからないくらいのちっぽけな存在。

 

でもそれは、今、この瞬間の話です。

僕は今の自分のレベルのまま
大人しく一生を終えるつもりはありません。

 

きちんと学び、行動すれば、結果が出る。

それを知ってしまった。

 

自動化の概念を用いれば、
労働を増やさずに収入だけを増やしていける。

その実感を持ってしまった。

 

未来は自分の力でいくらでも
クリエイティブで楽しいものにできるし、
カスタマイズすることができる。

その事実に気づいてしまったのです。

 

以上を踏まえて、
僕はここに宣言します。

 

僕は年収1億を寝てても稼げる人間になる。

 

いや、その程度では終わりません。

 

年商10億、
いいや、100億を稼げる存在になる。

そして世の中に貢献しまくって、
家族や愛する仲間たちに囲まれながら
気持ちよく最後の時を迎えてやる。

 

僕はまだ無力だけど、
夢を語る分には自由だから、
とりあえず天下をとってやろう、くらいに思っておきます。

 

 

……とはいえ、
まだ1億より先はあまり見えていないので、
ひとまず2〜3年以内に年収1億を越えられるよう
今後のプランを設計しながら、

それを忠実に実行していっているというのが、僕の現状です。

 

……僕の人生は、まだ始まったばかりです。

 

 

P.S. 今、自分を見失いそうになっているあなたへ

 

僕が情報発信をしているのは、

「自分が主役に慣れない人生を送って何が楽しいの?」

「そんな人生、すぐにやめちまえよ」

というメッセージが根底にあります。

 

僕は、学校でも会社でも、

 

  • 空気が読めないやつ
  • できないやつ
  • よくわからないやつ
  • 暗いやつ

 

みたいな扱いをされてきました。

そして一時は自分を見失い、
社会に迎合して、個性を殺し、
社会の歯車に成り下がろうとしたこともありました。

 

もしかすると、
これを読んでいるあなたも
まさにそうなろうとしている
瀬戸際にいるかもしれません。

 

自分の心に問いかけてみてください。
今、あなたは、自分の人生を生きていますか?

 

 

何度も書いてきましたが、
僕は24歳の時に起業しました。

……一度は成功を納め、
お金や時間の自由を手に入れても、

結局は誰かのビジネスの下請けで、
精神的には全然自由じゃなくて、
最終的に全部失いました。

 

他者依存に甘えていたせいで
手元にはほとんど何も残りませんでした。

 

結局、人って、
自分が人生の主役になれないと、
人生を楽しみきれないんですよね。

 

今、幸せだよ?
って思っている人でも、

 

本当に好きなことできてますか?

毎日、幸せですか?
人間関係で悩んだりしてませんか?

将来に一片の不安もないと言えますか?

いきなり余命3ヶ月と宣告されても、
後悔しないで残された時間を過ごせますか?

子供だった頃の自分に嘘をついてませんか?

 

 

……

日本には我慢が美徳とされる風潮がありますが、
きっと多くの人は、

理想を叶えられない自分を正当化しないと
自分を保つことができないから、

子供の頃の夢に蓋をして
考えないようにしているんだと思います。

 

社会の中で生きる以上、不自由は仕方がない。

我慢しなければ、家族を守れない。

我慢しなければ、お金がもらえない。

我慢しなければ、周りから変な目を向けられる。

 

世の中が
こういった思考を持っている人ばかりだから、
同調圧力に屈して、我慢せざるを得なくなっているのだと思います。

 

でも、実際は全然そんなことはなくて。

一旦、固定観念を全部捨てて、
フラットな視点で世の中を見渡してみれば、

そういう圧力に屈さず
自由に生きている人の姿が
たくさん見えてくるはずです。

 

そしてその人たちと自分が
同じ人間なのに、
人生の自由度も、幸福度も、
大きく違っていることに気づくはず。

 

それを「おかしい」と思わなければいけないのです。

 

世の中に、自由に生きている人と
不自由に生きている人がいて、
自分が不自由であることに疑念を抱かなければいけないのです。

 

自由と不自由。

その境界に
「運」や「才能」や「コネ」がある、
と考えるのは大きな間違いです。

 

実際のところ、
生まれながら勝ち組なんて一握りで、

成功している人の多くは
僕のように、

もともとは底辺の人間だけど、
悔しさをバネに学び、努力し、挑み続け、
自分の人生を変えていった人たちがほとんど
なのです。

 

勉強すれば、
自分で稼ぐ力を身につけることはできます。

最初は副業でも、匿名でも、
まとまった収入を作っていくことはできる。

そしてそのお金を元に、
会社を辞めて独立することもできる。

 

正直、僕に言わせれば、
月収100万円超えだってイージーです。

当然、そのまとまったお金を
少しずつ自動化することもできる。

誰にでも自動人形は作れる。

 

最初はガタガタでもいい。

でも一体目を作ってしまえば、
自動収入を生み出せる。

余った時間とお金、
そこから生まれる精神的余裕を
更なる価値に変えていくことができる。

 

パソコンが1台あれば、
場所に縛られることもない。

 

沖縄でも、ハワイでも、ヨーロッパでも、
自分が旅行しながら働くことができる。

 

満員電車?
何それ美味しいのって感じ。

 

午後一時まで寝たかったら、
よだれでも垂らしながら好きなだけ寝ればいい。

 

月に一度はパートナーと温泉に行き、
足湯にでも浸かりながら語りあったり、
マッサージを受けたり。

 

……こんな毎日が送れるなんて、
教室の端っこで一人寂しく座っていた時は
思いもしませんでしたよ。

 

6年前、起業した当時の僕は
今よりずっと馬鹿だったので、
自分でもできるかな、とめちゃくちゃ不安を抱えていました。

でも逆に馬鹿だったからこそ、
「やってみないと始まらない」
と最初の一歩を踏み出すことができました。

 

僕は今、起業した時の自分よりもっと昔の、
何かを始めたいけど何も始められず
ひたすらモヤモヤしていた自分
に、こう伝えたい。

 

いち早くビジネスに出会ってくれ。

 

人のビジネスの歯車になる生き方ではなく、
自分がビジネスを作る、という思考になってくれ。


んでもって、
最短最速で、自動人形を作ってくれ。

 

 

そうすれば、残りの人生が
死ぬほど楽しくなるから!

 

 

 

僕はもう30歳です。

まだ若いと
思う人もいるかもしれませんが、

今は学生でも
月収100万円超えていて
立派に社会貢献している人が
普通にいる時代です。

 

「それは時代が違うからだろ?」

「それは頭が良かったからだろ?」

 

などと言いたくもなりますが、
それを言い始めたらキリがないので、
僕は言いません。

 

残りの人生で今が一番若いのです。

動くのが遅くなればなるほど
自分の人生を取り返すのは
難しくなっていきます。

 

僕は今という貴重な時間を
言い訳や、現実逃避で無駄にしたくありません。

 

時代が違うのも結構結構。

結論、やるしかないので前に進みます。

 

もしあなたが、
僕の話に少しでも共感できるなら、
ぜひ、一歩ずつでもいいので、

自分の意思で前に進んでもらえればと思います。

 

 

僕も最初は平均点以下の人間でした。

バイトも続かないし、
友だちもいないし、
自殺したいなんて1,200万回くらい思いましたよ。

 

でも生きてる。

それだけでなく、
お金も、モノも、人も、知識も、
さまざまな資産を若くして手に入れることができた。

 

平均点以下だった僕にだってできたんだから、
きちんと学んできちんと努力すれば、
誰にだって結果が出せる
と心から思います。

 

でも、具体的に何を頑張ればいいの?

 

そう思う人もいるかもしれません。

 

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世の中には2種類の人間がいます。

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言うまでもなく、
人生の自由度が低いのは後者。
人生の安定性が低いのは後者。
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