改めまして、ユウトこと、
株式会社CORVUSの二渡雄斗(ふたわたり ゆうと)です。

この度は、マガジンのご登録ならびに
アンケートのご協力、ありがとうございました!

あなたとここでお会いできたこと、
本当に嬉しく思います。

ネットを使って人生を変えるため、
これから一緒に勉強をしていきましょう。

 

では、忘れないうちに……

早速、マガジンの登録特典を
お渡しいたしますね。

特典内容は、こちら。


【電子書籍】

インターネットビジネス初心者に読んで欲しい
『最短最速で稼ぐための王道マーケティング理論』


【動画セミナー】

最短最速で0→1突破するための
『5W1Hで考える情報発信術』

 

自分でいうのもアレですが、
この2つのコンテンツ、めちゃくちゃ評判いいです。

(正確に言うと、過去に配布した中で
特に評判がよかったものを特典にした感じですね)

ぜひ、あなたの稼ぐ能力のレベルアップに
役立てていただけたら、と思います。

プレゼントページは下記になります。

 

▶︎ビジネスマガジン限定特典ページ

 

ただ、これだけポンッと渡されても

「そもそもお前誰だよ」
「本当に信じていいの?」

って人も中にはいると思うので、
少し僕の話をさせていただけたらと思います。

ユウトの簡単な自己紹介

僕は24歳のときに
貧乏なフリーター生活に嫌気がさして
副業でブログアフィリエイトを始めました。

ブログアフィリエイトとは?

人が集まるブログを作り、
そこに貼った広告からの収入で稼ぐ
インターネットビジネスの一種。「ブログで稼ぐ」でお馴染み。

まあ、わかりやすい言葉で言うと、
「ブロガー」として起業したわけですね。

最初はビジネスはおろか、ブログを書くことさえも
まったくの未経験だったので苦戦しましたが、

それでも、始めて1年も経つ頃には
月15万円の収入を自動で得られるまでになりました。

その後、バイトをやめて専業になってからは、

別のサイトを作ったり、
企業のマーケティングも手伝ったりして、
収入も月40万→80万→150万と順調に増加。

独立して2年が経つ頃には
月300万円を超える収入が
自動で入ってくるようになっていました。

 

当時使っていた口座の1つ。

ただ、ブログアフィリエイトは
昔に比べるとだいぶ稼ぎにくくなったので
いまは撤退しています。

今やっているのは
いわゆる「自動化ビジネス」という
ネット使ったまた別の稼ぎ方。

こちらはアフィリエイトに比べ
圧倒的に稼ぎの効率がよく、
収益も安定しているので、

2021年には、
ブロガー時代には達成できなかった
月収400万円の壁も突破することができました。

 

今、僕がやっている事業はこんな感じです。

  • 情報発信 × 自動化(メインビジネス)
  • ネットを作って稼ぎたい個人、売上を伸ばしたい企業へのコンサルティング
  • 自社で男性向けのデート練習サービスの運営
  • 東京・青山にある英会話スクールで役員を務める
  • 恋人と一緒にアパレル系の物販事業。(自動化済み)
  • オンライン教育業者向けのシステム開発事業
  • 資産運用(海外企業の株式、海外保険、仮想通貨)

 

自社でやっているデート練習サービス
役員を務める英会話スクール

 

いろいろな事業をやっているので
「忙しい人」だと思われることもあるのですが、
実際はそんなことはありません。

というのも、僕が得意とするのはビジネスの自動化。

つまり不労収入作り。

僕がやっているビジネスは、どれも
僕がいなくても機能するよう
作り込んでいるので
スケジュールはいつもスカスカです。

 

実際、僕が毎日どんな生活を送っているかというと、

毎日11時ごろに起きて、
彼女が作ってくれた朝ごはんを食べながらネットニュースを読む。

食後に1日の予定をじっくり考える。

特にやりたいことがなければ、
近所のカフェに行って1〜2時間軽く作業する。

1日の仕事はだいたいそれで終わり。

仕事を済ませた後は、

買い物に行ったり、
新作の映画を見に行ったり、
温泉施設に出かけてマッサージを受けたり。

まあ、だいたいいつもそんな感じで
セミリタイアっぽい生活を送ってます。

平日と土日の境目はなし。

仕事とプライベートの境目も特にありません。

また、最近はコロナの関係もあり、
あまりできていませんが、

  • 帰りの飛行機を予約をせずに沖縄に行って、2週間ほどホテルを渡り歩いたり
  • ノリでシンガポール、イギリス、ハワイ、韓国などに旅行したり
  • 旅行先で現地の友だちと会って、新しいビジネスの話をしたり

などといったこともよくしています。

シンガポールのマリーナベイ・サンズにて
石垣島の4つ星ホテルにて

好きな時間に起きて、
好きな場所で仕事して、
好きな人とだけ会って、自由に仕事をする。

これが僕が起業当初から送っている
基本的なライフスタイルです。

ストレスとは無縁ですね。

ぶっちゃけインドアなので
家にいることが結構多く、

週に1、2回しか人と会わないのですが
それでも月200〜300万は安定的に稼ぎます。

 

なぜ、僕が今、
こんな自由な生活を送れているのかというと、

「ネットを作って自動収益源を作ること」

これを徹底して突き詰めてきたからです。

自由になるために、勉強して、
自分で考えて、行動してきたからです。

僕が優秀だったからできたわけではありません。

むしろ僕は昔から逃げグセが強く、
習い事もバイトも人間関係も、
いろんなものから逃げてきました。

そして最終的には労働からも逃げたということですね(笑)

今までずっと、一貫して、
逃げまくりの人生です。

正直、僕の人間としてのスペックは
もともとかなり低かったと思います。

というのも僕って、24歳でビジネスを始めるまで、

何1つとして
まともな成功体験をしたことがなかったんですよね。

ビジネスには人の人生を変える力がある

そんなダメダメだった僕が人生を変えられたのは、
僕がすごいからではなく、ビジネスがすごいからです。

僕はインターネットを使った稼ぎ方の
正しい知識を人から教わって
ただひたすら愚直にやってきたから、成功できたんです。

正直、自分で新しいこととか
何も生み出してないんですよね(笑)

そんなのは才能がある人の仕事で
僕みたいな凡人の仕事ではありません。

僕はただ、そういう優れた人たちが
「こうやれば稼げるよ」って教えてくれたことを、
勉強して、実践してきただけなんです。

 

僕はこのマガジンを通して、あなたに、
僕が7年の起業家生活で学んできた、

「凡人が、自動で稼いで生きていくための
最も再現性の高いビジネスのやり方」

これをお伝えしていきます。

具体的には、

  • 全くのビジネス初心者がネットを使って稼げるようになるためには?
  • ネットを使って青天井に収入を増やす「自動化の理論」とは?
  • いち早く労働から解放されるために、どの順番で勉強・実践していけばいいのか?

などといったことをいろんな切り口から語っていきます。

情報を受け取ること自体は無料なので
ぜひ、しっかりと学んで、

自分の時間、お金、心の余裕を増やすため
役立てていってもらえたらと思います。

 

ただ、リアルな話をすると、
世の中にこういう話をしている人って
けっこう多いので、

(そして偽物もかなり多いので)

まずは僕が「本物」かどうかを
あなたに見極めてほしいと思います。

その判断材料として、まず初めに
僕の過去の話をさせてください。

ユウトの生い立ち

まず、僕の簡単な生い立ちはこんな感じです。

  • 1990年に群馬県に生まれる
  • 小学生の頃は内気な生活で、絵を描いたり虫を取ったりするのが好きだった
  • 友達の話に入るのが大の苦手
  • 数学と英語は赤点。運動も苦手すぎてよく仮病を使っていた
  • 中学2年の時に物語を作る楽しさにハマり、小説家になることを志す
  • 20歳で上京。渋谷にある国学院大学の文学部に3年次編入
  • バイトも続かず、就活も上手くいかず、自分が社会不適合者であることを痛感
  • 就活もろくにせず、フリーターになる
  • バイトをしながら小説を書き続けるが、成果には繋がらず、24歳の時に、小説家の夢を断念
  • 10年来の夢に敗れ、空っぽになる

まあ、一言で言えば、

「田舎出身の陰キャが東京に出て、
社会の厳しさに打ちのめされ、
夢に敗れてフリーターになった」

といったところですかね。

自分でも情けなさすぎて笑っちゃうんですが、
これが、僕がビジネスを始めるまでの人生でした。

圧倒的な負け組人生……。

 

僕は昔から引っ込み思案な性格で
人の輪に入っていくのが苦手でした。

スポーツは全般的に苦手……というか
できなすぎて大嫌いで、

小さいころは
ずっと絵を描いたり、ゲームしたり
田んぼで虫をとったりして遊んでいました。

個人で建築事務所をやっている父は
厳しい性格をしていましたが

逆に母親がかなり優しかったため
かなりの逃げグセがついてしまい、

物心がついたときには
根性なしでメンタルが弱く、諦めが早い、
そんな子供になってました。

運動も苦手、コミュニケーションも苦手、
そのくせすぐにふてくされる……。

同級生からは、

「いや、お前つまらないから」

「え、呼んでないのに何で来たん?w」

みたいなのはよく言われてましたね。

通ってた学校自体は平和だったので
幸いにも、深刻なイジメには発展しませんでしたが

少年時代のことを思い返すと、
楽しい記憶がほとんどなかったなあ、と悲しい気持ちになります。

僕はずっと独りでした。

友だちにも、教師にも、……家族にも、
心を開くことができませんでした。

そんな僕が唯一没頭できたのは、
小説を書くことくらいでした。

中学の2年生の時に読んでいた小説に
インスピレーションを受けて

「作家になりたい!」

と小説を書き始めてからは、
自分で空想した世界が僕の居場所になりました。

顔面に靴の箱を投げつけられて、社会では生きられないと悟った日

高校は、父親の建築事務所を継ぐため
地元の工業高校に通いましたが

どうも途中から
工業系のノリが肌に合わなくなって、

最終的には父親に頭を下げて
文系の道に進ませてもらうことにしました。

 

高校卒業後は、おとなりの栃木県にある
文系の短大に入学。

そこで2年間、文学をみっちり勉強して、
大学は東京・渋谷にある國學院大学に入しました。

「東京での夢のキャンパスライフが始まる!」

と最初はワクワクして、
インテリアや調理器具にこだわったり、
外見にこだわったりもしてみましたが

……まあ、無駄でした。

というのも、
ド田舎出身 + 編入組 + 陰キャの僕には
東京の町はハードルが高すぎたんですよね……。

日本一の人口が集まる都市で
僕は1人、孤立していました。

そんな僕が唯一話せたのは
所属していた文芸部にいたオタクっぽい男子たちだけ。

チー牛のイメージ 大学生自体のユウトの友だち(イメージ)。

そんな彼らと、遊戯王カードをやったり、
互いの小説の貶し合ったりする生活を、
僕は東京のど真ん中で2年もやってたわけです。

 

また、
大学時代はバイトも何件かやりましたが、
どれも長続きしませんでした。

学生時代は水泳部だったので
スイミングスクールでコーチをやりましたが、
体育会系のノリが無理すぎてついて行けず……

その後に始めたA◯Cマートのバイトでは、
もう笑っちゃうくらいパワハラがひどくて
生きている意味を軽く見失っていました。

まあ、同じミスを何度も繰り返す
僕も悪かったんですが、

当時の店長に、靴が入ったままの箱を
顔に思い切り投げつけられたときは、
なんかもう「マジで無理です」って思いましたね。

そのバイトがって意味ではなく、

「もう俺……働くの無理だ」

と、自分の社会不適合生を痛感させられました。

 

就職は一応やってみましたが、
元から働くモチベは低かったので
1〜2社、面接を受けただけで辞めました。

その短い就活の中で僕が感じたのは
周りの就活生たちと自分とのエネルギーの差です。

周りの人たちは、未来に希望を持っている。

生きるということに対し、ポジティブである。

……しかし、僕はと言うと、
未来になんていっさい期待していないし、

なんなら、「明日いんせき落ちてこないかなー」とか思ってる。

そんな感じの超卑屈人間だったので、

隣に座っていた子がスッと手を上げて
ハキハキとした声で、なんかレベルの高い
質問をしたりしてるのを見ると

(俺にはこのノリ、無理だなー)

と思わされました。

(みんなすげーポジティブだし、
仕事に対して意欲があるみたいだし
俺とぜんぜん違う生き物みたいだ)

すさまじい居心地の悪さを感じました。

「就職してもすぐ辞めそうだな……」

そんな気配がひしひしと感じられたので
逃げグセの強い僕は、就活を自ら断念。

小説一本で行こう、と決めました。

数年、死ぬ気でがんばれば何かしら仕事は取れるだろう。

そんな風に思った僕は就活を諦め、
フリーターとして生きていくことに決めました。

全てから逃げ続けた人間の末路

大学を卒業してからの2年は
熱心に小説を書いていました。

塾講師のバイトで朝から晩まで働いて、
スキマ時間に小説を読み書きし、作品を賞に送る毎日。

有名な雑誌の新人賞からネットの新人賞まで、
いろんな賞に自分の作品を送りました。

……しかし、結果は散々。

1つの作品を書くのに何ヶ月もかかるのに、
送った作品はたったの一度も選考に残れない。

そんなことを何度も繰り返すうちに
どんどんメンタルが消耗していきました。

そんな中、自分よりも年下の作家たちが
大きな賞をとったニュースなどを見たりすると

単純な悔しさを通り越して
胸がえぐれるような気持ちになりました。

自分の唯一の強みだった文章は、
所詮お遊びレベルだった。

その事実に気づいてしまうと、
自分の居場所がこの世から奪われたように感じました。

周りの人とうまく仲良くできない
そんな悔しさに耐えながらペンを走らせた日々。

バイトをやめた帰り道
「俺には小説があるから」と
自分に言い聞かせて涙をこらえたこと。

家業を継ぐことを断られたときの
寂しそうな父親の顔。

「がんばって」と涙をこらえながら
駅のホームで見送ってくれた母の顔。

いろんな情景が思い起こされて
僕は声を上げながら泣きました。

机の上にあったものを
メチャクチャ床にぶちまけて
声を上げながら泣いたのを覚えています。

 

そんな僕が完全に作家の夢を諦めたのは、24歳のときでした。

10年も続けてきた唯一の趣味であり、
人生の目標がなくなると、僕は空っぽになりました。

一度、何もない虚無のひと時があって
その後に押し寄せてきたのは、絶望。

自分のステータスの低さに今更ながら気づき、
この先の未来に恐怖すら覚えました。

当時の僕のステータスはこんな感じです。

  • 社員と同じくらい働いて手取り14万
  • 心を許せる相手は1人もいない
  • 彼女もいない
  • 趣味もない
  • スキルなし
  • おまけにメンタルが弱く、人が嫌い
  • 自分も嫌い。自分が憎い。

何も秀でた能力がなく
人並みに働くことすらままならない、社会のゴミ。

でもそれが
自分が今までずっと目を背けてきた
自分本来の姿だと気づくと、絶望しました。

これからどうやって生きていけばいいのだろう。

僕みたいな人間に、生きる価値はあるのだろうか。

そんなことをよく思っていました。

インターネットビジネスとの出会い

人生の軸を失った僕は、
何の感動も希望ない日々を
機械のように過ごすことになりました。

 

毎朝、目覚まし時計の音に叩き起こされ、

通勤ラッシュの満員電車で
押し潰されそうになりながら出勤し

夜遅くまで、心を殺して働く日々。

 

会社では年配のパワハラ上司に
人格を否定されるレベルでいびられ続け、

同僚とは話が合わなすぎて
同じ空間にい続けるのが苦痛で、

たまにやってくる身勝手なバカ客には
胸ぐらを掴んで怒鳴りたい衝動に
駆られることもよくありました。

もちろん、そんな気持ちは、
自分の中で押し殺すしかなく……。

毎日ずっとイライラ、モヤモヤしながら過ごし、

お酒やテレビゲームで現実逃避することで
なんとかストレスを発散していました。

 

僕が起業について考え始めたのは、
そんな生活が数ヶ月すぎた後のこと。

さすがに仕事がキツいと思い始め、

「家にいながらでも、
月10万〜20万円くらい稼げる仕事ないかな」

と何となくネットで調べていた時に、
ネット起業という選択肢を知りました。

 

僕が興味を持ったのは、
アフィリエイトで成功したという
20代の男性が書いているブログ。

そこに書かれていることを見て衝撃を受けました。

 

『僕は今、このブログと、
いくつかのサイトを運営しています。

毎月、だいたい200〜300が
自動で入ってきます。

人付き合いは嫌いなので、
家からはあまり出ません。
妻と娘と、外食に行くくらいです。

僕の価値観からすると、
何でみんな無理して
会社に行くのかって感じ

 

こんな感じのことが
すっごく低いテンションで書いてありました。

 

これを読んだ僕の最初の印象は、

「マジかよ、いいなあ……」

でした。

まあ、普通なら

「うわ、怪しい……」

と思うところなのでしょうが

僕はそのブロガーに対して
あまりマイナスなイメージは抱かなかったんですよね。

というのも、当時の「稼ぐ系」って、

 

 

なんか、こういう感じの
ギラギラしたキモいのが主流だったので、

  • 語り主がめちゃくちゃテンションが低い
  • ブログのデザインが素朴

というのには、逆にメチャクチャ信頼が持てたんです。

しかもその人の解説は、とてもロジカルだった。

初心者なりに、
どうやればネットで稼げるのかがイメージできた。

「あ、この人の情報は信用できるな」

そう素直に思えたんです。

 

その一件でブログで稼ぐことに興味を持った僕は、

ネットで情報収集したり、
ビジネス系の本を買ってみるなど
自分なりにいろいろ調べ始めました。

まあ、やっぱりネット上には
カオスな情報が溢れていたけれど

その中でとりあえず、
紛れもない事実だと確信できたのは、

「もともとフリーターや主婦だったけど
ビジネスを学んで稼げるようになった人たちが
世の中にたくさんいるということ」

ということでした。

世の中には、僕が知らないだけで、
PC1台で月に100万円とか稼ぐ人がゴロゴロいるんだ……。

衝撃でした。

寝ながら300万円が入ってくるようなブログを運営している人。

20代で経営者をやってたり、
タワマンに住んでたり、優雅な人生を送っている人。

中にはフリーターや会社員だったところから
ビジネスで人生を逆転した人もたくさんいました。

 

みんな、人生楽しそうで、羨ましいな……。

 

それに比べて、俺は……。

 

毎朝、駅までの道をせっせと走り
スレスレのところで満員電車に飛び乗って
近くにいた女子高生にすごく嫌な顔をされて。

職場では、
パワハラ上司やクレーマーにイラつきながら、
社員と同じフルタイムで10時間働いて、それで手取り14万円……。

体中クタクタで、誰もいない家に帰ってきて
ストレスを紛らわすために酒飲んでゲームして、

「風呂は朝入ればいいや」

なんて余裕のない生活。

そしてまた朝の通勤ラッシュ……。

定年まで終わることのないループ生活。

俺、どんだけしょうもない生き方してるんだろう……。

こんなの、人生の無駄遣いじゃないか……。

 

ネットを通して、あまりにかけ離れた
生活を送っている人の人生に触れたことで

僕は、自分のやっていることがすごく
バカバカしくなっていきました。

 

そんな風に、現在の生活に
半ば諦めかけていたから、

ネットビジネスを勉強すれば
誰でも稼げるようになるという主張に
わずかながらの希望を感じられたんです。

 

やりがいが全く感じられない仕事……。

 

今のまま続けていても、
大きく好転しないであろう人生……。

 

そんな毎日を向こう先何十年も続ける……。

 

だったら、ビジネスを真剣に勉強して
人生を変える努力をした方が得じゃないか?

 

そう気づいたときには、
僕はもうペンとノートを準備して
ビジネスの勉強を始めていました。

人生を大きく変えた「69円」

ブログなんて生まれてこの方
一度もやったことがなかったので
最初はとても苦戦しました。

サーバー? ドメイン? html? SEO?

初めて聞いた言葉の数々に頭がこんがらがって
足りない脳みそがパンクしそうにもなりました。

しかし、

「これも人生を変えるためだ」

と、自分に言い聞かせて
なんとかパソコンに向き直りました。

 

とにかく、
人より低い能力を行動で補おうと思って、
メチャクチャ努力しました。

朝早く起きてアフィリエイトの本読んで、

仕事中はお客さんの対応をしながら
好きあらばブログの記事のネタを考えて。

昼休みになると近所のカフェに出かけて
時間ギリギリまでパソコンに向かってました。

 

同僚には申し訳ないけれど
業務のことはずっと上の空。

掃除中に何かひらめきがあると、
「あ、これは記事にできるな」
とかメモを取ったり、

トイレに行ったついでに、
ちょっと記事ずつ記事を書き足したり、
ブログを中心に日々の業務をやってました。

 

一早くバイトをやめたかったので、土日は返上。

職場の飲み会も断って、好きなゲームも泣く泣く封印。

「絶対人生を変えるぞ」と意気込んでひたすら作業に没頭しました。

 

もちろん、時にはちょっとサボったり、
モチベが下がることもあったけど、

それでも、できる時にコツコツと
積み上げてきたことで

半年も経つ頃には
なんとか自動で収益が上がる状態を作れていました。

 

最初に収益が生まれたのは、
バイト中トイレで何となくスマホを確認した時でした。

それまでずっと「0」が並んでいた報酬の欄に、
初めて「69円」という表示があって、

 

「は?」

と一人で声を出してしまいました。

 

少し遅れてその数字の意味を理解した僕は
思わず、「よっしゃあああああ!」と声を上げてしまいました。

(もちろん声量を抑えて)

 

たった数十円。

しかし、生まれて初めて
自分の「ビジネス」で稼いだお金。

僕にとってその数十円は着火剤になりました。

 

ブログを始めて半年間は
本当に泣かず飛ばずだったので
よく不安になりましたが

その数十円が発生してからは作業に熱が入り、
1年も経つころには、毎月15万円前後の報酬
自動で入ってくる状態を作れていました。

バイトの手取り14万円と合わせると、月収は約30万円

上司よりも稼いでいる優越感もあり、
お金の余裕が持てたことで、心の余裕も出てきました。

とりあえず自分へのご褒美として
高島屋のレストランフロアで、
1人で高級寿司を食べたのを覚えています。

その時点すでに僕は

「ああー、人生変わったなー!」

なんて早くも幸せな気分になっていました。

独立し、月300万円の自動収益化へ

ブログからの収入が安定してくると、
僕は独立を決意しました。

どうせもともと手取り14万。
やろうと思えばいつでもやり直せるバイト生活です。

「いいや、独立しちゃえ!」

最初はそんな軽い気持ちを会社をやめました。

でも、その僕の判断は正しかった。

専業になり、空いた時間を
ブログの執筆や勉強に当てていった結果、

僕の月収は、半年足らずで
50万円を超えるまでになりました。

この頃には自分にもかなり自信がついていて、

セミナーに参加したり、教材を買ったりして
ビジネスの知識を増やしたり、

交流会で人脈を広げて、
いろんなジャンルの起業家たちと
仲良くなったりもしました。

そこで仲良くなった人たちはいい人ばかりで、
僕のコミュ障はどんどん解消されていきました。

 

僕の収入が爆発的に増えるキッカケとなったのは
2016年の暮れ、26歳のときのこと。

とある交流会で出会った経営者に
アフィリエイトの腕前を買われた僕は
その人の会社のマーケティングを手伝うことになったんです。

具体的には、その会社のメイン商品である
「投資スクール」を販売するための集客の手伝いを始めました。

僕がサイトでお客さんを集客して、
向こうの営業マンが通話で営業をする形で
チームを組んでビジネスをしていました。

僕の報酬は1件成約につき10万円。

僕のやることは今までとそんなに変わらず、
専用のサイトを用意して記事を書き、
営業マンにお客さんを繋ぐだけ。

最初の1ヶ月は、
サイトを作っていたので無収益でしたが、

2ヶ月目には収益化に完了し、

「ユウトさん、また成約しましたよ!
いつもありがとうございます!」

という報告がLINEに届くようになりました。

当時の僕は、なぜかちょっと
クールなキャラを演じていたので

「いえいえ、僕は大したことやってないです」

とか返してたんですが、内心では

(よっしゃー! 10万円ーーー!
キタコレーーーwww

とか喜んでいて、
それが作業のモチベーションになっていました。

もちろん、もともとやっていた
ブログの方も書き足していたので
そちらでも収益が増えていき、

結果、27歳になる頃には、
もともとやっていたブログと合わせて
月収がついに300万円の大台に。

最大時で、ひと月で360万円という
金額を叩き出すまでになりました。

そこまでくればもう気分は有頂天です。

「このまま年収億超えできるかも……」

そんな風に考えたこともありました。

 

 

……しかし、物事はそう何もかも
上手くいくものではありません。

そんな有頂天な状態が
いつまでも続くはずがなく、

翌年、2018年の夏、
僕にとって人生最大の「悲劇」が起こりました。

それによって僕はすべてを失い、
最終的に、自殺を考えるまでになるのですが……

この話をすると長くなるので
続きは明日以降のマガジンで、お話ししたいと思います。

現在のステータス

以上が、僕が月300万円を超えるまでのお話です。

やや不穏な空気で話が終わりましたが、
ここまでのお話からもわかる通り、

僕はネットビジネスと出会ったことで
人生を変えて来ました。

僕が経験した「悲劇」については
以降のマガジンでお話しするので
多少、順番が前後してしま今すが、

苦難を乗り越え30歳になった
今の僕の現在のステータスは、こんな感じです。

 

  • 2社を経営(自分の法人と英会話スクール)
  • 月の不労収入はだいたい200万円前後
  • 実働を含めた最高月収は440万円
  • サブで恋愛事業や、システム開発事業をやったり
  • 青山で英会話スクールを経営したり

 

また、ライフスタイルとしては、

 

  • 毎日昼まで寝る生活
  • 東京の下北沢で10歳下の恋人と2人暮らし
  • 帰りの飛行機を取らず沖縄旅行に出かけて、2週間くらい滞在する
  • イギリス、ハワイ、シンガポールなど、自分が行きたかった国へノリで旅行したり
  • 億超えの経営者、インフルエンサーなどと飲み友になったり
  • 紅白歌合戦に出ているような芸能人と朝までゲームしたり

 

……などなど、

「昔フリーターだったなんて嘘だったんじゃないか?」

と自分でもたまに疑ってしまうような
とても充実した毎日を送っています。

控えめに言って、めちゃくちゃ幸せです。

 

僕はよく思うのですが、
ビジネスには人の人生を変える力があります。

昔の僕は、
何に対しても自信がありませんでし、
社会の底辺のような生活を送ってきました。

生きることは辛いこと。

仕事なんてただの苦行。

人生とは、死ぬまでただひたすら、
苦痛に耐え続けることだと思っていました。

しかし、ビジネスを始めたことでそれが一変し、

ワクワクしながら将来のことを考えたり
自分の好きなこと、興味のあることに、
どんどんトライしていけるようになりました。

僕が今、こうして情報発信を行なったり
人にビジネスを教えたりしているのは

もちろんそれが仕事になったり、
楽しいからでもありますが、

昔の僕みたいに、社会の中で苦しんでいる人や
幸せになることをどこかで諦めてしまった人に

「凡人でも幸せな人生を手に入れることはできるよ」

ということを伝えたいからなんですよね。

 

「そうやって稼げる方法を教えて、
ライバルが増えたりしない?」

ともよく聞かれるのですが、
ぶっちゃけ大したデメリットはありません。

僕がやっている自動化ビジネスは、
その性質上、飽和にしくいビジネスですし、

むしろ、
自分がビジネスを教えた方が結果を出せば
それが実績になって、また新しいお客さんが来てくれます。

また、僕がビジネスを教えて
自分と価値観が近い人に力をつけさせることで

ゆくゆく一緒に組んで、
一緒に事業を行えるパートナーが増えるので

人に稼がせることは
僕にとってもメリットがたくさんあるんです。

また、すごく個人的な話をすると、
僕は学生時代、ずっと孤独だったから
ナチュラルに友だちが欲しい、という側面もあります(笑)

価値観が近くて、心置きなく夢や好きなことに
トライできる仲間が、たくさん欲しいんです。

やっぱ、1人で稼いで
1人で遊んでてもつまんないですからね。

仕事ばかりの人生でもつまらない。

仕事も私生活も100%満足して、
価値観の合う仲間がいて、それで初めて、最高の人生。

僕はその価値観と、
そんな生き方を実現するための手段を
世の中にもっと広めたいから、

「ビジネスを教える」
ということを仕事に選んだんです。

クライアントさんと 右の真ん中でピースしてるのが僕です。

控えめに言って、最高の人生です。

まとめ + マガジン登録特典の案内

最後まで読んでいただき、ありがとうございました。

初回のマガジンということで
やや長くなってしまいましたが、
いかがだったでしょうか?

ここで僕の過去の話や
理念などを共有しておけば

これからお届けするマガジンが
読みやすくなるはずですし、

さらに言うと、

「いま、結果を出している人間でも
最初は何もなかったんだ」

ということを知ってもらうのが
今回のマガジンの狙いでした。

 

次回からのマガジンでは、
もう少し短く、シンプルに、

ビジネスで人生を変えるために必要な知識を
あなたにお届けしていきます。

明日は19時ころにマガジンをお届けします。

 

あ、そうそう。

ビジネスマガジン限定プレゼントは
以下のページから取得できます。

ビジネスマガジン限定プレゼントページ

ここでお渡ししている動画では
「自動収益を作るための基礎知識」

ビジネスで成功する上で欠かせない
「労働に囚われないための大事な考え方」なので

ぜひ、さっそく取り入れて、レベルアップしていきましょう。

 

それでは、また。
明日のマガジンでお会いしましょう!