改めまして、ユウトこと、
株式会社CORVUSの二渡雄斗(ふたわたり ゆうと)です。

この度はアンケートにご協力いただきありがとうございました!

あなたとここでお会いできたこと、本当に嬉しく思います。

ネットを使って人生を変えるための勉強を、これから一緒に頑張っていきましょうね。

 

では、忘れないうちに……

早速、マガジンの登録特典をお渡しいたしますね。

特典内容は、こちらになります。


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自分でいうのもアレですが、
この2つのコンテンツ、めちゃくちゃ評判いいです。

ぜひ、あなたの稼ぐ能力のレベルアップに
役立てていただけたらと思います。

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ただ、これだけポンと渡されても

「そもそもお前誰だよ」

「本当に信じていいの?」

と思う人もると思うので、少し僕の話をさせていただけたらと思います。

ユウトの簡単な自己紹介

僕は24歳のときに
貧乏なフリーター生活に嫌気がさして
副業でブログアフィリエイトを始めました。

ブログアフィリエイトとは?

ブログに広告を貼って稼ぐインターネットビジネスの一種。

わかりやすい言葉で言うと、
「ブロガー」として起業したわけですね。

もちろん、ビジネスは未経験。

ブログを書くのも初めてだったので苦戦しましたが、

それでも、始めて1年も経つ頃には
月15万の収入を自動で得られるまでになりました。

その後、バイトをやめて専業になってからは、

別のサイトを作ったり、
企業のマーケティングも手伝ったりして、
収入も月40万→80万→150万と増加。

独立して2年が経つ頃には
月300万円を超える収入が
自動で入ってくるようになっていました。

 

当時使っていた口座の1つ。

 

ただ、ブログアフィリエイトは
昔に比べるとライバルもかなり増え

やる旨みが薄れたのでいまは撤退しています。

今やっているのは
いわゆる「自動化ビジネス」というもの。

こちらはアフィリエイトに比べ
圧倒的に稼ぎの効率がよく、安定性も高いです。

2021年には、
アフィリエイター時代には達成できなかった
月収400万円の壁も突破することができました。

 

今、僕がやっている事業はこんな感じです。

  • 情報発信 × 自動化(メインビジネス)
  • ネットで稼ぎたい個人、
    売上を伸ばしたい企業へのコンサルティング
  • 自社で男性向けのデート練習サービスの運営
  • 東京・青山で英会話スクールを経営
  • アパレル系の物販事業
  • 会員サイト運営システム開発・販売
  • 資産運用(海外企業の株式、海外保険、仮想通貨)

 

自社でやっているデート練習サービス
役員を務める英会話スクール

と、こんな感じで
いろいろな事業をやっているので

忙しい人だと
思われることもあるのですが、
実際はそんなことはありません。

僕がやっているビジネスは、どれも
僕がいなくても機能するよう
作り込んでいるので
スケジュールはいつもスカスカです。

 

実際、僕が毎日どんな生活を送っているかというと、

昼の11時過ぎごろに起床。

家のことをいろいろ済ませ、
12時くらいに近所のカフェに出かける。

そこで1〜2時間仕事して
1日の仕事はおしまい。

午後の空いた時間は、

買い物に行ったり、
新作の映画を見に行ったり、
温泉施設に出かけてマッサージを受けたり……

 

と、こんな感じで
かなりセミリタイアっぽい生活を送ってます。

もちろん、平日と土日の境目はありません。
毎日が日曜日のような生活。

また、ちょっと普段とは
違うことがしたいと思ったときには

  • 帰りの飛行機を予約しないで沖縄に行って、2週間ほどホテルを渡り歩いたり
  • ノリでシンガポール、イギリス、ハワイ、韓国などに旅行したり
  • 旅行先で現地の友だちと会って、新しいビジネスの話をしたり

などといったこともよくします。

シンガポールのマリーナベイ・サンズにて
石垣島の4つ星ホテルにて

好きな時間に起きて、
好きな場所で仕事して、
好きな人とだけ会う、ストレスゼロの生活。

7年以上こんな生活を送ってます。

ストレスとは無縁ですね。

今の時代、ストレスっていうと
人間関係とか仕事に関するものが
比率としては一番大きいんじゃないかと思いますが

僕の場合、基本的に
自分の好きな人としか会わないですし
やりたくないことは一切しない主義なので
この辺のストレスとは無縁です。

寝てても稼ぐ。
ストレスゼロで生きる。

これが僕のモットーです。

 

なぜ、僕が今、
こんな自由な生活を送れているのかというと、

「ネットを作って自動収益源を作ること」

これだけを徹底してやってきたからです。

別に難しいことはやってません。

僕が優秀だったからできた、
というわけでもない。

むしろ僕は昔から逃げグセが強く、
習い事もバイトも人間関係も、
いろんなものから逃げてきました。

きっと僕の過去を知ったら、あなたも

「あれ、コイツにいけるなら俺にもいけるんじゃね?」

って思うと思います(笑)

あなたにも再現性を感じてもらいたいので
少しだけ僕の過去話をさせてください。

ユウトの生い立ち

最初に、僕の簡単な生い立ちについて書かせてください。

簡潔に、箇条書きにしてきました。

  • 1990年に群馬県に生まれる
  • 小学生の頃は内気な生活で、絵を描いたり虫を採ったりするのが好きだった
  • 逃げグセが強く、習い事もスポーツもろくに続かず
  • 数学と英語のテストでは赤点を連発
  • 学校に話せる相手はいるが、誰にも心を開けなかったため友だちはゼロ
  • 現実逃避から、中学2年の時に物語を作る楽しさにハマり、小説家になることを志す
  • 20歳で上京。渋谷にある国学院大学の文学部に3年次編入
  • バイトも続かず、就活も上手くいかず、自分が社会不適合者であることを痛感
  • 就活もろくにせず、フリーターになる
  • バイトをしながら小説を書き続けるが、成果には繋がらず、24歳の時に、小説家の夢を断念
  • 10年来の夢に敗れ、空っぽになる

これが僕の0歳から24歳くらいまでの簡単な経歴です。

まあ、一言で言えば、

「友だちゼロ、頭が悪くメンタルも弱い
田舎出身のフリーターが

東京に出たはいいものの何も掴めず

10年来の夢に敗れてフリーターになった」

といったところですかね。

自分でも情けなさすぎて笑っちゃうんですが、

これが、僕がビジネスを始めるまでの人生でした。

 

僕は昔から引っ込み思案な性格で
人の輪に入っていくのが苦手でした。

スポーツは全般的に苦手……というか大嫌いで、

小さいころは
ずっと絵を描いたり、ゲームしたり
田んぼで虫をとったりして遊んでいました。

父親は建築事務所をやっており
厳しい性格をしていましたが

逆に母親がかなり優しかったため
母嫌に甘えて逃げグセがついてしまい、

物心がついたときには
根性なしでメンタルが弱く、諦めが早い、
そんな子供になってました。

運動も苦手、コミュニケーションも苦手、
そのくせすぐにふてくされる……。

当然、友だちなんてほとんどまともにできません。

小学生のときも、中学生のときも、
高校生のときも、僕はずっと独りでした。

普通に言葉を交わせる相手はいたけれど
僕は友だちにも、教師にも、……家族にも、
心を開くことができませんでした。

 

そんな僕が唯一没頭できたのは、
小説を書くことくらいでした。

中学の2年生の時に読んでいた小説に
インスピレーションを受けて

「作家になりたい!」

と思い始めてからは、
小説を書くことが僕の日課になり、
また、僕の居場所になりました。

顔面に靴を投げつけられて、社会では生きられないと悟った日

高校は、父親の建築事務所を継ぐため
地元の工業高校に通いましたが

途中から工業系のノリについていけなくなって、挫折。

最終的には父親に頭を下げて
文系の道に進ませてもらうことにしました。

 

高校卒業後は、栃木県にある文系の短大に入学。

その後3年生で東京・渋谷にある國學院大学に編入しました。

「東京での夢のキャンパスライフが始まる!」

と最初はワクワクして、
インテリアやファッションなどに
こだわったりもしてみましたが

……まあ、無駄でした。

というのも、
ド田舎出身 + 編入組 + 陰キャの僕には
東京の町はハードルが高すぎて
ぜんぜん友だちができなかったんですね。

唯一、仲良くすることができたのは
大学で入った文芸部に所属していた
オタクっぽい男子たちだけでした。

当時のユウトの友だちのイメージ

こんな感じの
ボソボソと早口で話すタイプの人たちと

部室にこもって遊戯王カードをやったり
小銭を賭けて麻雀をやったりするのが、僕のキャンパスライフでした。

(書いてて悲しすぎる……)

 

また、大学時代は
バイトもいくつかやりましたが、
どれも長続きしませんでした。

水泳だけはできたので
スイミングスクールでコーチをやったのですが
体育会系のノリがキツくてついて行けず……

A◯Cマートのバイトでは、
もう笑っちゃうくらいパワハラがひどくて
生きている意味を軽く見失っていました。

同じミスを何度も繰り返す
僕も悪かったんですが、

当時の店長に、
靴を顔に思い切り投げつけられたときは、
「もうマジで無理!」って思いましたね。

そのバイトが無理という意味ではなく、
俺は社会で生きていくのが無理だ、と痛感しました。

 

バイトすらも続かない。

そもそも働くということに対して
1ミクロンもモチベーションが湧かない。

就活は1〜2社だけやってみましたが、すぐに辞めました。

もう……意味がわからなくて。

何がわからないのかというと、
就活に臨むときのマインドです。

正直、当時の僕は
就活をがんばっている人たちの気持ちが
よく理解できませんでした。

なんでみんな、社会の歯車になるために
あんなにがんばれるんだろう?

別に悪意なく、ナチュラルに、
そんな疑問を抱きながら、道ゆく就活生を見てました。

就職したら、そこからは、
ストレスに耐えながら朝から晩まで働く
毎日が始まるんだぞ?

なのに何でそんなワクワクできるんだ?

少しでも良い企業に入社しようと
目をギラギラさせて頑張っている人たちを見ると、
一種の恐怖感すら覚えました。

……俺、この人たちと一生分かり合えない気がする。

ある大手企業の企業説明会に行ったときは戦慄を覚えました。

右を見ても左を見ても、超真面目で、熱心で、キッチリとした、(量産型みたいな)、就活生ばっか。

カルト宗教かて。

ナチュラルに怖いって。

「……いやー、これ、俺には無理だー」と思ったので、就活は自ら辞退しました。

小説一本で行こう、と決めました。

今までは何となくでやってきたから
上手くいかなかったけれど、

こっから死ぬ気でがんばれば食っていけるだろう。

「よし、小説で一旗あげるぞ」

そう決心して、フリーターとして生きることを決意しました。

逃げ続けた人間の末路

そんなわけで
大学を卒業してからの2年は
熱心に小説を書いていました。

塾講師のバイトをしながら
ひたすら小説を書いて、賞に送り続けてました。

……しかし、結果は散々。

1つ作品を書くのに何ヶ月もかかるのに、
送った作品はまったく選考に残らない。

そんな中、自分より若い作家たちが
どんどん結果を出していく。

そんなニュースを見るたびに
自分の才能のなさを実感し、
どんどんメンタルが消耗していきました。

自分が唯一の強みだと思っていた文章は、
所詮お遊びレベルだった。

その事実に気づいてしまうと、
自分の居場所が奪われたようにも感じました。

 

いろんな記憶が蘇りました。

学校で、友だちのいない寂しさを
紛らわすためにペンを走らせたこと。

大学時代、バイトをやめた帰り道
「俺には小説があるから」と
自分に言い聞かせて涙をこらえたこと。

家業を継げない断ったときの
父の寂しそうな顔。

「がんばって」と、涙を堪えて
駅のホームで見送ってくれた母の顔。

いろんな光景が、情景が思い出されて
気づくと僕は泣いていました。

涙がダラダラと頬を流れましたが
拭き取る気にもなれませんでした。

次第に嗚咽が止まらなくなり、
声をあげて泣きながら、僕は痛感しました。

自分の人生は、間違いだらけだったと。

自分は最低な親不孝者で、無様な人生の敗北者だと。

 

……僕が完全に小説家の夢を諦めたのは、24歳のときでした。

小説は、
10年も続けてきた唯一の趣味であり、
僕の唯一の生きがいでした。

それがなくなると、僕は空っぽになりました。

空っぽになった心を満たしたのは、将来への不安です。

当時の僕のステータスはこんな感じでした。

  • 社員と同じくらい働いて手取り14万
  • 心を許せる相手は1人もいない
  • 彼女もいない
  • 趣味もない
  • 資格もスキルも人脈もない
  • おまけにメンタルが弱く、人が嫌い

あまりのステータスの低さに絶望しました。

これからどうやって生きていけばいいのだろう。

そもそも、僕みたいな人間に生きる価値はあるのだろうか。

死にたい……。

そんなことをよく思っていました。

インターネットビジネスとの出会い

夢を失ってしばらくの間は、
僕ままるでゾンビのように、
意味もなく毎日を過ごしていました。

 

毎朝、けたたましい
目覚まし時計の音に叩き起こされ、

通勤ラッシュの満員電車で
押し潰されそうになりながら出勤。

 

上司からのパワハラ、
自己中なクレーマーの対応に
心を殺しながら勤しむ日々。

にもかかわらず手取りは14万

 

せっかく東京の街に住んでいるのに
刺激も交流もない貧乏生活。

お酒やテレビゲームで現実逃避することで
なんとかストレスを発散していました。

 

僕が起業について考え始めたのは、
そんな生活が数ヶ月すぎた後のこと。

さすがに生活がキツいと思い始め、

「家にいながらでも、なんとか
月5万〜10万円くらい稼げないか」

とネットで調べていたときに、
ブログで稼ぐという概念を知りました。

そして、ネットを使っていろいろ調べていく中で、

「世の中にはブログだけで
誰とも会わず、顔も出さず、
月に300万円以上稼いでいる人間がいる」

そんな事実を知って衝撃を受けました。

もちろん最初は、

「嘘だろ……?」

「詐欺だよな……?」

と思いましたが、

「じゃあどうやって稼いでいるの?」

ということをより深く調べていくと

調べれば調べるほど、言っていることが
理にかなっているように感じられました。

当時僕がやっていたアフィリエイトの構造はこのようなものです。

  1. ブログに人を集める
  2. その人たちにブログ内に貼った広告を踏んでもらう
  3. その人たちが広告主のサイトで商品を買ったら報酬がもらえる
  4. あとはブログを大きくし、量産していくだけd

そして僕が見ていたブログには、
この構造の作り方が事細かに説明されていました。

それを読んでもなお、

「でも、本当にこんなんで稼げるのか?」

とは思いましたが、いつの間にか僕の中からは
「やらない」という選択肢が消えていました。

 

どうせこのままフリーターを続けてもジリ貧だ。

仮に正社員になったところで
人生が大きく好転するとは思えない。

上司には誰1人として魅力的な人間がいないし、

今までダメダメだった自分の人生が
ちょっと給料が上がった程度でよくなるとは思えない。

それに、そもそもの話……僕は働くのが嫌いだ。

べつに好きでもない仕事を
向こう先数十年、ストレスに耐えながら続けるなんて。

正気の沙汰じゃない。

世の中の大半の人たちは「それが普通だ」って言うかもしれない。

でも冷静に考えれば、
世の中には僕よりぜんぜん働いてないのに
僕より何倍も稼いでいる人間がいるんだぞ?

おかしくないか?

それをおかしくないって思う奴は、
社会に上手く飼い慣らされているんだ。

僕はそんな人たちとは一緒にいたくない。

悲惨な現状に甘んじて、
何も行動を起こさない人たちと一緒にはいたくない。

そんなジリ貧人生なんてまっぴらだ。

僕はもっと自由に生きたい。

苦痛なく、気持ちよく生きられる世界に行きたい。

寝てても稼げる状態に浸かりたい。

ネットビジネスは怪しい……?
まあ、たしかに怪しいかもしれないが、

怪しくないけど生き地獄な労働なら
多少怪しくても自由で苦痛なく生きられる道を選びたい。

どうせ顔出さなしで、リスクゼロで始めるなら
こっそり始めてやろうじゃないか。

僕を今まで見下してきた人たちを出し抜いて
自由な生活を手に入れて笑ってやろうじゃないか。

もしそれが努力で手に入るなら
僕はいくらだって頑張るよ。

どうせ他にやりたいこともないんだから。

 

……僕がビジネスを始めたキッカケは、人に誇れるようなものではありませんでした。

ただ、辛いことから逃げたかった。

今の生き方に納得ができなかった。

自由に生きる人たちへの憧れが収まらなかった。

このまま終わるのがすごく悔しかった。

ただのエゴと小さな欲望。

僕の起業家人生はそんな瑣末な要因から始まったのです。

人生を大きく変えた「69円」

そんな感じで、いざ
「起業するぞ!」と決めた僕ですが

今までの人生で、ビジネスはおろか、
ブログを触ったことすらなかったので、最初はすごく苦戦しました。

サーバー? SEO? なんだそれ?

初めて聞いた言葉の数々に
脳みそがパンクしそうにもなりました。

開始早々、さっそく逃げグセが
発動しそうにもなりました。

しかし、

「これも人生を変えるためだ」

と、自分に言い聞かせて
なんとかパソコンに向き直りました。

 

自分が無能なのはわかっていたので
低い能力を行動で補おうと思って、
メチャクチャ努力しました。

朝早く起きてビジネス書を読んで、

仕事中はお客さんの対応をしながら
好きあらばブログのネタを考えて。

昼休みになると近所のカフェに出かけて
時間ギリギリまでパソコンで作業してました。

 

一早く労働から解放されたかったので、土日は返上。

職場の飲み会もすべて断って、
唯一の娯楽であるゲームも泣く泣く封印。

「絶対人生を変えるぞ」
意気込んでひたすら作業に没頭しました。

 

そんな努力もあってか、

半年も経つ頃にはなんとか
ブログから自動で収益が上がる状態を
実現することができていました。

 

最初に収益が生まれたのは、バイト中、
トイレで何となくスマホを確認したときでした。

それまでずっと「0」が並んでいた報酬欄に、
初めて「69円」という表示があるのを見て、

「は?」

と一人で声を出してしまいました。

 

少し遅れてその意味を理解した僕は
思わず「よっしゃあ!」と声を上げました。

たった数十円。

しかし、生まれて初めてビジネスで稼いだお金です。

あれは……めちゃくちゃ嬉しかった。

 

その69円は僕にとっての着火剤になりました。

「稼げるのかな、どうかな」という不安が

「やれば稼げる」という確信に変わったのです。

以前にも増して作業に熱が入るようになりました。

そしてその結果、1年も経つころには、
毎月15万円前後の報酬
自動で入ってくる状態を作れていました。

独立し、月300万円の自動収益化へ

ブログからの収入が安定してくると、
僕は独立を決意しました。

そのときは20万前後が
毎月安定的に稼げていたかな。

まだ心許ない金額ではありますが、
どうせもともと手取り14万のバイト生活です。

やろうと思えばいつでも
やり直せるレベルだったので

「いいや、独立しちゃえ!」

と、軽い気持ちで独立を決意しました。

しかし、その判断は正しかった。

専業になり、空いた時間を
ビジネスに全て当てていった結果、
僕の収入はみるみる伸びていきました。

半年も経つ頃には、
毎月自動で入ってくる収入は50万を超えていました。

着る服が変わり、

お金と心の余裕ができたからか
女の子にも持てるようになり、

毎日のコンビニ飯+自炊が、
毎日レストラン生活に変わりました。

この頃には自分にも
かなり自信がついていて、

セミナーに参加したり、教材を買ったりして
ビジネスの知識を増やしたり、

交流会で人脈を広げて、
いろんなジャンルの起業家たちと
仲良くなったりもしました。

そうやってたくさんの人と絡む中で
僕のコミュ障はどんどん解消されていきました。

 

僕の収入が爆発的に増えるキッカケとなったのは
2016年の暮れ、26歳のときのこと。

ある交流会で出会った経営者に
能力を買われた僕は

その人の会社のマーケティングを
手伝うことになったんです。

具体的には、その会社のメイン商品である
「投資スクール」を販売するための集客を手伝っていました。

僕がお客さんを集めて
その会社の営業マンが通話でセールスをする。

僕の報酬は1件成約につき10万円でした。

初めての「人と組むビジネス」でしたが
僕のやることは今までとそんなに変わりませんでした。

専用のサイトを用意して記事を書き、
営業マンにお客さんを繋ぐだけ。

正直、カンタンな仕事でした。

最初の1ヶ月は、
サイトを作っていたので無収益でしたが、

2ヶ月目には収益化に完了し、
自動で10万円以上の売上が
ポンポン上がるようになっていました。

レストランで友だちと
ご飯を食べているあいだや、

ジムで一通り汗を流して
合間にスマホを確認した時などに

勝手に10万円、20万円と
収益が発生している……。

旅行先のホテルで20万円稼いで
旅費を余裕で回収するとかもザラでした。

控えめに言って最高でしたね。

多いときは、1日で40万以上を稼いだこともありました。

さらに、もともとやっていた
ブログの方も育て続けていたので
そちらでも収益が増えていき、

結果、27歳になる頃には、
月収がついに300万円の大台に。

最大時で、ひと月で360万という
金額を叩き出すまでになりました。

ここまでくればもう気分は有頂天です。

「このまま年収億超えできるかも……」

そんな風に考えたこともありました。

 

 

……しかし、物事はそう何もかも
上手くいくものではありません。

そんな好調な状態が
いつまでも続くはずがなく、

翌年の2018年の夏、
僕にとって人生最大の「悲劇」が起こりました。

それによって僕はすべてを失い、
最終的に、自殺を考えるまでになるのですが……

この話をすると長くなるので
続きは明日以降のマガジンでお話ししたいと思います。

現在のステータス

以上が、僕が月300万円を超えるまでのお話です。

やや不穏な空気で話が終わりましたが、
ここまでのお話からもわかる通り、

僕はビジネスと出会ったことで
人生を変えてきました。

30歳になった現時点での
僕の現ステータスはこんな感じです。

 

  • 1社の代表取締役、2社の役員
  • 月の不労収入はだいたい200〜300万円前後
  • 実働を含めた最高月収は440万円
  • サブで恋愛事業や、システム開発事業をやったり
  • 青山で英会話スクールを経営したり

まあ、いろいろ手広くやってます。

 

こんな風にいろいろやっていると

「忙しそうですね」とか
「いつも忙しい中、ありがとうございます」とか

けっこう言われるんですけど、
僕からすると「?」って感じで。

というのも、僕の場合、
どのビジネスも自動化を前提として動いてきたので、
スケジュールはいつもスカスカなんです。

 

だから「お忙しい中」とか言われると、
正直ちょっと申し訳ない気持ちになります(笑)

(いや、実際、周に1回とかしか
アポも入れてないんだけどな……)

 

でもそんなことを言うと
ひんしゅくを買いそうなので

普段はいつも忙しいってことにして
余計な仕事の依頼が来ないようにしてたりします。

 

まあ、そんな感じで、僕は
あまり真面目すぎるわけでもないし、
基本は暇を持て余しているような人間です。

 

ちょとプライベートなことをす話と
最近では、10歳下の彼女と婚約し
東京の下北沢に移り住んで、のんびり暮らしてます。

家の近所のオシャレな飲食店エリアにて

毎日昼過ぎに起きて、適当に散歩しながら美味しいご飯食べて、2〜3時間仕事して、夜は映画とか見にいってます。

あとは、最近はコロナであれですが、2人でよく旅行も行きますね。

先日出かけた軽井沢の四つ星ホテルの庭園にて

パソコン持っていって旅行先でも仕事してます。

そんな感じで、仕事とプライベートの境界はほぼありません。

稼ぐのが楽しいから、ついつい遊ぶことを忘れてビジネスをしてしまうとかザラです。

もうゲーム感覚でビジネスをやってます。

ここまでくると、ビジネスのことを考えているのが一番楽しいまでありますね。

自分が元々フリーターだったなんて、僕自信が一番信じられないです。

正直、こういう記事を書くまでいつも忘れてます。

(あ、俺フリーターだったんだ)

(あ、俺もともと無能だったんだっけ)

自分でいうのもなんですが、
最近は尊敬の言葉をかけられたり、
アドバイスを求められたりすることが多くなったので、

経営者やコンサルタントである自分の方が
普通の自分になってます。

 

これは冒頭でも書きましたが、
ビジネスには人の人生を変える力があります。

昔の僕は、何に対しても自信がなく
人を羨んだり、社会を憎んだりしながら生きていました。

当時の僕の価値観では、生きることは辛いこと。

仕事なんてただの苦行。

人生とは、死ぬまでただひたすら、
苦痛に耐え続けるだけの生き地獄でした。

しかし、ビジネスを始めたことでそれが一変し、

ワクワクしながら将来のことを考えたり
自分の好きなこと、興味のあることに、
どんどんトライしていけるようになりました。

僕が今、こうして情報発信を行なったり
人にビジネスを教えたりしているのは

もちろんそれが仕事になったり、
楽しいからでもありますが、

昔の僕みたいに
社会の中で苦しんでいる人や

幸せになることをどこかで諦めてしまった人に

「凡人でも幸せな人生を手に入れることはできるよ」

ということを伝えたいからです。

そして、そういう価値観を持って
自分の力で人生を変えられる人が増えていけば、

それを見た人たちが、
また新たに行動を起こして、自分の人生を変えていく。

その連鎖が起こっていけば
世の中はもっと良くなるじゃないですか。

僕が日々、人にビジネスを教えたり
情報発信を行っている理由はこれです。

人の価値観を変え、人生を変える。

そして自分で稼ぐ力、考える力を身につけ
人生が良い方向に変わった人が増えれば、

この国が今よりもっと住み良い国になる。

僕はもともと地味な人間なので
特に壮大なビジョンとかは持っていないんですけど

「幸せな人が増えることで、
世の中がもっと幸せになってくれればいい」

くらいのことは細やかながら
いつも思ってビジネスをしています。

なのでこれからも一生懸命、
価値ある情報を発信していきますね。

今後ともよろしくお願いいたします。

クライアントさんと 右の真ん中にいるのがユウトです。

まとめ + マガジン登録特典の案内

最後まで読んでいただき、ありがとうございました。

初回のマガジンということで
やや長くなってしまいましたが、いかがだったでしょうか?

次回からのマガジンでは、
もう少し短く、シンプルに、

ビジネスで人生を変えるために必要な知識を
あなたにお届けしていきます。

明日は19時ころにマガジンをお届けします。

 

あ、そうそう。

ビジネスマガジン限定プレゼントは
以下のページから取得できます。

▶︎ビジネスマガジン限定プレゼントページ

ここでお渡ししている動画では

「自動収益を作るための基礎知識」
「労働に囚われないための大事な考え方」をお伝えしています。

ぜひ、さっそく取り入れて、レベルアップしていきましょう。

 

それでは、また。
明日のマガジンでお会いしましょう!