パソコンを使って仕事ができるのは、僕らの世代では当たり前で、何もすごくないんですよ

生き方

こんにちは、ユウト(@yuto_six)です。

今回の記事は過去のFacebook投稿を記事化したものです。


先ほど、行きつけのバーで知り合った50代の個人事業主の方から、

「そんな若いのに色々考えて動いていて偉いねー」

「俺なんか君くらいの歳の頃はさー、何も考えなかったよ」

というようなことを何度も言われました。

ううむ。

嬉しいと感じた反面、「そんなことはないです」と何度も心の中で思いました。

結局、その場では、なぜ「そんなことはないです」なのかを伝えられなかったのですが、色々考えながら家路を辿り、パソコンの前に座って一息ついて、やっと答えがまとまりました。

ただ、時代が違うだけだなんですよね。

今はインターネットのお陰で(あるいは「せい」で)本当に様々な情報が溢れてるし、よくも悪くも身の程を知れてしまう世の中になりました。

だからこそ、僕のように、会社を離れてソロで戦うことを決めた人たちは、情報強者にならなければいけないし、身につけなければいけない知識スキルも昔に比べ格段に増えたのだと思います。

それは、確かにパソコンが一般的でなかった時代の人たちからすれば、とてもすごいことのように思えるかもしれません。

でも、物心ついた時からパソコンが身近なところにあった平成生まれの僕らにとっては、それがスタンダードなんですよね。

つまり、「パソコンを使って色々できる」なんてのは当たり前のことで、ましてや起業するんだったらパソコン使って相当いろんなことをできなくちゃいけないわけで、つまり何も偉くはないんです。

もちろん、僕も含め、「自分の人生に責任を持ち、いろいろ試行錯誤しながら能動的に生きている人たち」は、「思考停止して毎日を生きている人たち」や、「どこまでも他力本願な人たち」より、間違いなく偉いと思います。

でも、それって時代関係ないですよね。

何事にもトライせず、ただ毎日を漫然と過ごしながら、不平不満をこぼしているだけの人たちって、きっと昭和時代にだっていたんですよね。

でもそんな中で、(しかもネットがない中で!)自分の人生に責任を持ち、自分の力で生きようとしたその方は、そのような方々は、僕らと同じくらいかそれ以上に、偉いと思うんです。

(僕みたいな若造が、目上の方を「偉い」などと評するのはだいぶおこがましいことですが)

バブル景気や、インターネットの大普及など、多くの概念がものすごいスピードで塗り替えられていった平成時代。そんな時代を、昭和の時代に構成された価値観を持ちながらも、気合いとガッツで乗り越え、人生を折り返し、これから一歩引いたところで、若者たちを見守る立場になった人たち。

そんな彼らに対し、僕らは若くしてパソコンを使いこなし、小さなビジネスをいくつも手がけながら、クールに自分のポジションを確立できている  ように見えるかもしれない。

それは偉くて、すごそうに見えるかもしれない。

でも、こんなのはスタンダードなんですよ。今の時代を、自分の足で生きようとしている持って生き抜こうしている人たちにとってはね。

基準が変わっただけで、気合と根性が大切なのは、今も昔も変わらない。枝葉が季節ごとに色を変えても、幹は図太く変わらないのと同じように、本当に大切なものはいつの時代も変わらない。パソコンやネットなんてのは、枝葉の部分です。

ただ僕は、僕たちは、がむしゃらに今を生き抜いているだけです。目まぐるしく移り変わるこの時代に対応するために、若いうちからある程度の行動力や、視座の高さが必要になっているだけで、本質的には同じなんです。

僕らは大して偉くない。

僕らを偉いと言うのなら、あなた方も偉いはず。

言い換えます。自己対話やリスクオンの姿勢、気合いとガッツがなければすぐに押しつぶされてしまう環境下で、行き続けている人たちは、みんな偉いと僕は思う。

さて、だいぶ話があっちこっち行きましたが、

こんなスタンダードな僕に二杯も奢っていただき、僕らがパソコンをいくら使っても収集できない「年の功」や「豊富な経験」を面白おかしく、僕にもイメージし易いレベルまで落として提供していただき、本当にありがとうございました。楽しかった。

「頑張れよ、若者」という言葉、心にジーンと響きました。正直言うとこの言葉、誰から言われても響くのですが、そんなのは一旦置いておいて、とても嬉しかったです。

僕も行けるところまでは、気合とガッツで行ってみたいと思います。

そしてそれを次の世代に託します。