こんにちは、ユウトです。

今回はちょっといつもとは違うテイストで
マガジンをお届けしようと思います。

僕がアフィリエイトで稼げなくなって
人生に絶望していた頃の話と、

そこからどうやって復帰して、
今の幸せな日常を手に入れたかを、
かなり赤裸々にぶちまけてみました。

我ながら、なかなか
読み応えのある文章が書けたと思います。

ぶっちゃけ、序盤はかなり暗い話です。
人によっては「いやいや重すぎ」となるかも。

でも、誰かの心を少しでも動かせればと思って、
徹夜でばーっと書き上げてみました。

ビジネスの成功につながるマインドや考え方も
色々と盛り込んでみたので、よかったら読んでみてください。

※今回は想いをストレートに伝えたかったので
敬語は使わずに書きました。ご了承ください。

僕の人生を超えた一言

 

……2019年、夏。

マンションの壁に穴が空いた。

正確には「空いた」ではなく「空けた」だ。

細かな破片がパラパラと床に散り、
やぶれた壁紙から粉がとこぼれて、煙が舞った。

 

部屋はひどい有り様だった。

脱ぎ捨てた衣類、コンビニ飯のトレイ、
中身の残ったペットボトル、未払いの税金の紙。

カーテンを閉めきった部屋は、昼間なのに薄暗い。

ふと鏡を見ると、男が立っていた。

うつろな瞳。ボサボサの髪。土色の肌。醜い男だった。

 

 

2019年。
起業してから5年目の年。

僕は完全に精神を病んでいた。

原因は1年前に遡る。

2018年に行われた
Googleのアップデートによる、
ブログへのアクセス数の激減。

時を同じくして起こった
提携していたビジネスしていた企業の経営破綻。

それまで順調だったビジネスが
急激に転落して、まったく稼げなくなったこと。

周りからの評価、
稼げるという人生、
やっと手に入れた自由な生活、

その全てを失ったこと。

反動は大きかった。

 

僕はフリーターだった24歳の時に
人生を変えるためにブログを始めた。

実際、僕はそれで人生を変えた。

僕は昔から地味で鈍臭くて
よく、バカにされながら生きてきたけど、

そのバカにしてきた奴らの誰よりも
裕福な生活を送れるようになった。

職場では周りから浮いていて
僕が稼げるようになるなんて、ハナから
誰も思ってなかったからだろうけど、

結果を出したことで、
自分の考えは間違えてはいなかった、と
証明することができた。

そして、

それまで大嫌いだった「仕事」に
生まれて初めてのめり込めるようになり、
生きるのが楽しくなった。

それが起業してからの4年間だった。

 

……でもそれが突如として失われた。

 

収入が激減したことは
精神を病む大きな原因になったが、

根本的な原因は
もっと精神的なところにあった。

また昔のような「負け犬」に戻ったこと。

その方がダメージが大きかった。

 

転落してからの1年は
何に対してもやる気が出なかった。

働くことはおろか、体を動かす気力がない。

寝たきりの老人に近い生活。

コンビニに出向くのも億劫で、
食事はすべて出前間、ウーバーイーツ。

選ぶのも面倒だから、毎回同じメニューを頼ぶ。

僕はストレスを抱えると、
過食でごまかすクセがある。

1人で食べるには多すぎる量を頼んで、
毎日、4食とか、5食とか、
吐きそうになるくらい食べていた。

 

LINEには凄まじい数の通知が溜まっていたが、ずっと無視していた。

他人の幸せそうな生活を見るのが辛くて、
SNSの類はすべてアプリを消した。

たまに鳴る電話に誰かの怒りを感じたが
面倒くさいので出なかった。

スマホはそのうち電池が切れたまま、
どこかにやってしまった。

部屋はゴミが散乱していて、
探す気にもならなかった。

 

起きている時間すべて、
ゲームをするか、YouTubeを見ながら過ごした。

誰にも咎められないのをいいことに
1日15時間とか、20時間とか、
気が狂ったようにやっていた。

でも、楽しくてやっていたわけではない。

ゲームをしたり動画を見たりしていれば
何も考えずに済んで楽だからやっていただけだ。

 

昼と夜の概念がなく、
自分の意思で寝ようと思っても眠れなかった。

ぶっ続けて何時間もゲームを続けて
体力の限界が来ると、ようやく寝られた。

ぶっ倒れるように床でそのまま寝た。

一度眠りにつくと、
12時間以上は目覚めなかった。

 

……そんな生活を何ヶ月も続けた。

 

日を追うごとに僕の精神は消耗し、
頭がおかしくなっていった。

そしてある時、
自分の感情を抑えきれなくなって
壁に当たってしまった。

それが冒頭の話である。

 

 

ある時、ふと思い立って、
Amazonでロープを買った。

用途は言うまでもない。

 

何度も使おうと試みた。

 

だが、できなかった。

いざその場面になると、
歯がガタガタ震え、恐ろしい気持ちになった。

それに、母親が自分の遺影の前で
泣き崩れているイメージが浮かんで、胸が苦しかった。

母さん、ごめん……。
こんな人間に育ってしまって、ごめん……。

声に出して何度も泣いた。

 

 

ある時、
状況を見かねた母が地元から出てきて
メンタルヘルスクリニックに僕を連れて行った。

「うつ病ですね」

僕の脳波を計測したデータを見た医師はそう言った。

僕も母も、
そうだろうと思っていたから、
驚きはしなかった。

ただ、来るところまで来てしまったな、とは思った。

 

うつ病とは、よくやる気の問題、
気のもちようの問題と誤解されるが、まったくの別物である。

何らかの原因で前頭葉の機能が低下し、
考える能力や、あらゆるもに対する意欲が低下。

何にも気力がわかなくなり、
何に対してもマイナスなイメージが拭えない状態。

これをうつ病という。

言葉にするのが難しいが、

どうやっても「頑張ろう」「生きよう」
という気持ちが起こらず、常に自己否定が止まらない。

常に気分が優れず、憂鬱で、
ふと気がつくと、死ぬことばかり考えてしまう。

そんな状態なのだ。

 

僕は母や医師と話し合いをして、
TMSという治療を受けることになった。

ざっくり説明すると、

磁石を用いた特殊な機械で頭に刺激を与え、
脳のはたらきを活性化させる治療だ。

当然、はじめて聞いた話だし、
そんなのが本当に効くのか甚だ疑問だったが、
他の選択肢も思いつかないので、素直に従うことにした。

処置室に案内されると、
水泳帽みたいな変なキャップを被らされた。

TMS治療室のイメージ

20分間、頭のてっぺんにバチバチと刺激を当てる。

そんな治療を受けるために、
30回くらいクリニックに通った。

 

 

結論から言うと、
TMSは効果があったのだと思う。

何回か治療を受けているうちに
少しずつ心が楽になっていった。

心を休めるため、
地元に長期間帰ったり、
近所の温泉施設によく一人で出かけたりした。

 

病んでいる間、
いろんな人に迷惑をかけたので
謝れる範囲の人に謝罪した。

マンションの壁の件については、
管理会社に謝って、弁償することになった。

母親に手伝ってもらって部屋を片付けて、
未払いの税金などを納め、少しずつ環境を整理していった。

少しずつ心が楽になった。

 

 

仕事について考えた。

就職をしようかとも考えたが、
あまりイメージが湧かなかった。

僕は生まれてこの方
定職に就いたことがないし、
最後にバイトをしてから5年が経っていた。

それに、今はうつ病の病み上がり……。

今の状態で会社に勤めでもしたら、
確実にまた精神をやられるだろうと思った。

やはりビジネスで生きていくしかない、と結論づけた。

幸い、まだ貯金はある。

とりあえず療養をしながら、
少しずつ土台を作っていこうと思った。

 

 

がむしゃらに動いても上手くいくはずがない。

それは今までの経験から学んでいたので
しばらくは情報収集をすることにした。

 

当時は「オンラインサロン」が
流行り出したばかりの頃で、
世の中にいろんなサロンが乱立していた。

オンラインサロンとは?

Web上のクローズドコミュニティのこと。

趣味的な集まり、仕事の集まり、特定の個人のファンクラブなど、種類はさまざま。

中には無料で運営されているものもあるが、基本的には月額会費制のサービスのものが多い。

 

僕が興味を持ったのは、

 

  • ブロガーになりたい人たちが集まるサロン
  • フリーランスの人たちが情報交換をするサロン
  • 経営者たちが集まる年齢層高めのサロン

 

などなど。

とりあえず、2、3入ってみて、
いろいろな人々と交流を深めた。

本当に多種多様な人たちがいた。

驚いたのは若くして成功している人たちだ。

中学生で月に数十万稼いでいる子とか、

大学生なのに、月に4,000万円とか
稼いでいる子
もいてビビった。

「時代は変わったなあ」と思った。

彼らから
どうやって稼いでいるかを教えてもらったが、
話を聞いてもよくイメージが湧かなかった。

そういえば僕は、
アフィリエイト以外のビジネスを
大してよく知らなかった。

なんとなく話の全体像はわかるが
「やれ」と言われてできるほど
鮮明に理解できているわけでもない。

その程度の理解レベルのものが多かった。

自分はぜんぜん何も知らないんだな、と思い知らされた。

 

 

そんな僕の人生を好転させるキッカケは、
とあるサロンでの飲み会で起こった。

その飲み会はなんというか……
全体的に「ウェーイ」って感じで、
陰キャの僕にはキツい空間だった。

そして交わされている話のレベルも
申し訳ないけど、ものすごく低かった。

「来るところ間違えたな……」

完全にアウェーな感じがしたので
目立たないように部屋の端っこに座っていた。

そんな時に、彼と出会った。

近くに、自分と同じように
退屈そうにしている男性がいた。

暇だったので話しかけると、

「いやー……レベル低いっすね、ここ」

と彼は呆れたように笑った。

少しシンパシーを感じた。

彼のことを、仮にNさんとしよう。

Nさんは、聞けば僕と同い年。
六本木に住んでいて、起業して8年ほど。

今は、社員を1人も雇わずPC1台で
毎月200〜300万円前後のお金を

ネットを使って自動で稼いでいるそうだった。

「どんなビジネスをやってるんですか?」

「仕組み作りですね。わかります?」

僕は首を振った。
はじめて聞く言葉だった。

Nさんはもともと工場労働者で、
最初は副業で物販ビジネスをしていたらしい。

そんな中、ある時、
仕組みだけで年に1億以上稼いでいる
20代半ばの起業家
と出会い、

その考え方や生き方、
仕組みの可能性に魅了され
その世界に足を踏み入れたらしかった。

 

 

 

 

その日はそんな話をしてお開きになったが
解散した後、僕は彼の言っていたことを
何度も繰り返しながら家路についた。


「仕組みだ」

それが僕が再起するために、
最適な手段だと思った。

同時に、大きな可能性も感じた。
久しぶりに武者振るいがした。

ビジネスに初めて興味を持った時以来だ。

 

 

後日、僕は彼から
「仕組み作りを学ぶ教材」を買った。

正確にはコンサル+教材だ。
金額は想像にお任せするが、もちろん安い額ではなかった。

まだメンタルが完全に
回復しきったわけではない僕には、重い出費だった。

だからこそ、真剣に勉強した。

何度も何度も動画を視聴し、
彼のメルマガを隅々まで読んで、
勧められた本を即買いして勉強しまくった。

そして、彼の言う通りだと気づいた。

知識があれば不安はすべて解消される。

彼は道を常に示してくれた。

最初からすべきことが全て
わかっている状態で臨めるのは、心が楽だった。

知らないことばかりだったので
最初は亀の歩みだったが、

クリニックでの治療を受けながら、
仕組みについての理解を含め、

その感性のために必要なパーツを、
少しずつ用意していった。

全ては自由になるため……。

 

知識が増えていくと、だんだん作業が面白くなっていった。

仕組みが少しずつできていくと、ワクワクした。

まるで、自分の城が出来上がっていくかのようだった。

 

ビジネスは知識ゲー。

知識を蓄えると、
自分の戦闘力が上がっていく。

そしてそれが自信に繋がり、
やがて……結果に繋がった。

 

ある時、初めて自分の仕組みから
自動で商品が売れた。

5万円の商品だった。

「売れ……た」

「決済完了」のメールを見て、震えた。

一瞬周りの音が聞こえなくなった。

また周りの音が聞こえてきた時には、
重い肩の荷が降りた感じがした。

長いため息が1つこぼれた。

Nさんからは、
ゼロイチを突破するまでが
一番大変だと言われていた。

まさにその通りで、1つ商品が売れると
そこからは早かった。

2つ、3つと次々に売れていった。

収入が増えるに連れ
自己肯定感も回復していき、
情報発信が楽しくなっていった。

 

ある時、僕の元にメールに感想が届いた。

20代の女性からだった。内容はこうだ。

「うつ病、すごく辛かったですね……。
私はうつ病にはなったことはないですが

生きづらさをよく感じるので
とても共感しました」

「純粋に嬉しいな」と思ったのと同時に、
あれ、女性の読者さんなんていたんだ、とキョトンとした。

何通かメールのやりとりをしているうちに
電話することになった。

優しい声色の人だった。

「まるで隣にいるかのように感じた」

とその人は僕の文章を褒めてくれた。

(それだけでちょっと
好きになりそうだったのは、内緒の話)

彼女はその後、僕の商品を買ってくれた。

そして商品についても
感謝のメールを送ってくれた。

しかし、僕は少し申し訳ない気持ちにもなった。

というのも、当時の僕の商品というのは、

Nさんから教わったことを真似て
話しただけのものだったからである。

「ビジネスは真似てなんぼっす」

とNさんは言っていたけど、
なんだか心地が悪かった。

だから僕はその女性に
ありのままのことを話した。

すると彼女はこう言ってくれた。

「ううん、ユウトさんだから私は買ったの。

いろんな人の発信見てるけど、

ユウトさんのが一番スッと
心に入ってきたんだよね」

その言葉で、僕はすごく心が洗われた。

「え、これって告白じゃね?」

とも一瞬思ったけど、
それはおそらくキモい妄想なので
すぐに打ち消すことにした。

そもそも、彼女は人妻である。

 

 

商品がコンスタントに売れるようになると、
コンサルのお客さんをとってみようという気持ちになった。

何人かの友人に声をかけてみた。

  • 過去に商品を買ってくれた人たち
  • 過去に知り合った起業家たち
  • バーで仲良くなった男の子
  • 高校生の時からの友人

みんな面白いくらいに、
仕組みに興味を持ってくれた。

そしてそのうちの何人かが
その場でを決済してくれ

たった1、2ヶ月で
10人くらいクライアントが増えた。

僕が提示した金額は
決して安いものではない。

それでもみんな買ってくれた。
仕組みの知識の価値がいかに高いかを思い知った。

そして、その後も継続的に
商品やコンサルが売れていき、

仕組みからの自動収入と合わせると
僕の月収は400万円を突破していた。

仕組みを学び始めて
10ヶ月くらいたった頃の出来事である。

 

金額もそうだが、
何より「速度」には驚いた。

小さな売上を積み上げていくアフィリエイトでは、
1年足らずで月収400万円を突破するなんて到底不可能だ。

ちなみに、コンサルティングは
完全労働なイメージがあるけど、

実際、教えることは
どのクライアントもほとんど同じだから
2人目以降は動画を渡せば済む。

全て、コンテンツなのだ。
それが「自動収益」の源。

「仕組み化って……すげえ」

しみじみ感動した。

特に感動したのは、

アフィリエイトと違って
他人の商品を売るのではないから、

購入者からの喜びの声が、
自分の元に直接届くこと。

自分にファンが生まれること。

これがすごく楽しくて、

散歩している時も、
風呂に入っている時も
仕組み化のことばかり考えるようになった。

そのことをNさんに話したら
すごく喜んでくれた。

感謝の気持ちを込めて
六本木でステーキをご馳走した。

「もっといろんな人に
仕組みを教えてやってください」

彼は言った。僕は深く頷いた。

 

 

僕は現在、
もともと住んでいた場所を離れ
東京の下北沢にある、閑静な住宅街に住んでいる。

そこで年下の彼女と同棲しながら

毎日昼過ぎに起床し、
一緒にカフェで作業したり、美味しいものを食べたり、
旅行に行ったりしながら、毎日のんびり過ごしている。

「仕組み」と出会って1年で、
僕の人生は大きく好転した。

最初はわからなくて躓いたものの
ちゃんと学んで実践してからは、
収益がきちんと積み上がるようになった。

おかげでアフィリエイトでは超えられなかった
月収400万円の壁を1年で突破したし、

自動収益の方も、
月にだいたい200万円前後の金額が
入ってくるところまでは回復することができた。

今では仕組み化の能力を買われて
英会話スクールの役員として招かれたり

自社で恋愛サービスを作って
仕組みの知識を使って強化したり

オンラインスクール運営者向けの
システムを開発したりして、
その販売を仕組みに任せたりもしている。

全体的に、とてもいい感じである。

 

 

僕はもうお金のことでは
困っていないし、今後もおそらく困らない。

将来への不安は、ゼロだ。

そして驚いたのは、

気づけば薬を一切飲まずとも、
うつ病の症状がなくなっていたことだ。

ネットビジネスに可能性があるのは
知っていたが、マジかよと思った。

こんなメリットがいっぱいあるなら
もっと早く知りたかった。

もし仮に、起業した7年前から
仕組みを作り続けてきたら、

僕は今頃、ゆうに億超えしていただろうとも思う。

でも、まあいい。

過去を嘆いても仕方がない。

大事なのは今だ。

今これから、何をするかだ。

 

 

今回の仕組みでの成功は、
僕にとって二度目の人生逆転である。

前回は自分の判断ミスと、
甘さがキッカケで、足元を救われた。

僕はもう油断しない。

このままひたすら、
完璧にセミリタイアできるまで
ネット上に資産を作り続けていこうと思っている。

最近、僕がハマっているのは健康生活。

朝早く起きて、夜は早く寝る。
1日1回、必ず散歩とトレーニングをして、
コンビニ飯に頼らない生活を送っている。

隣を見れば最愛の人の笑顔。

こんな平凡な日常に
これ以上のない幸福を感じている。

本当にビジネスをやってよかった。

特に仕組みは最強の知識だ。

あの時、
仕組みに出会っていなかったら

僕は今ごろ、実家に戻って、
部屋にこもってゲームに明け暮れ
親を泣かせていたかもしれない。

あるいは、この世にいなかったかもしれない。

Nさんと出会えてよかった、とも思う。


本当に人生とは、

巡り合わせによって決まるものだ。

そして目の前に転がってきたチャンスに
ちゃんと乗れるかが大事だ。

僕は、これからもたくさん勉強して、
たくさんの素敵な人たちと出会い、
たくさんの挑戦を重ね、

もっともっと自分の人生を
思いのままにデザインしていこうと思う。

そして僕と同じように
自分の人生をデザインできる人を増やし、

自分たちの人生を、
最高な気分で、最期のひと時まで
楽しんで歩んでいきたいと思う。

 

 

あとがき

……

 

……えーっと、

長いお話を最後まで読んでいただき、ありがとうございました。

長かったのもそうだし、すごく暗かったですよね。

そして、壁殴るなよって感じですね。

思い返してみても、当時の僕は
本当に極限状態で、精神異常者の一歩手前でした。

もう絶対に元の生活には戻れないと思っていたし、
どうやって人生を終わらせるか、
ということばかりを考えていました。

 

今回、僕がこの話を書いたのは、

マガジンを読んでくれている方々に
僕の「負の過去」も知ってほしいと思ったのと、

人生のどん底にいた僕を救った、

「知識があれば全ての不安は解消される」

という考え方をあなたにも知ってほしかったからです。

もちろん、雑多な知識を目的なく
集めても意味がないですが、

「正しい知識」を拾い集めていけば
人生を変えるのはそんなに難しくないよ、
というのが僕の伝えたかったメッセージです。

 

僕は今まで、
この話をいろんなところでしてきました。

もちろん、
毎回こんなにガッツリとは話しませんが

日頃のお仕事でお会いする方や、
SNSを通じて知り合った方に話すと
深く共感をしてもらえることもありました。

また、

「自分にも仕組みの作り方を教えてほしい」

そんな声もたくさんいただいてきました。

フリーターや社会人の友人から
飲食店や整体院をやっている個人事業主、
4社を経営しているベテランの経営者まで。

 

中には実際、コンサルティングという形で、
1から仕組みの作り方を教えた方もいます。

セミナーも何度も行いました。

でも、僕のキャパシティに対して、
あまりに要望が多かったので、

今回、
「コンテンツビジネスの基礎」と
「仕組みの作り方」を具体的に学べる講座
を開講しようと思ったわけです。

興味がある方は、
後日またご案内させていただくので、
そちらをご覧になってくださいね。

参加していただける方には、
さまざまな特典もお渡ししているので、
楽しみにしていていただければと思います。

それでは、
今回はこの辺で失礼します。

繰り返しになりますが、

僕の長くて暗い過去話を聞いてくださり、
本当に、本当に、ありがとうございました。

もし、少しでも心が動いた点があったら、
マガジンの方に簡単な感想をいただけると
たいへん嬉しく思います。